2010年12月31日金曜日

ジャニーズ

2歳8ヶ月の娘がジャニーズに食いついた。テレビで歌う嵐を見て、すっかりイカれてしまったのだ。

ジャニーズのアイドルなど生まれてこのかた興味がなかったが、調子に乗ってジャニーズのグループの番組をいろいろ見せてやった。V6とか、KAT-TUNとか、NEWSとか、タッキー&翼とか。そしたら、もっと夢中になった。

一度、本屋に一緒に行って、幼児向けの本でも買ってやろうと物色していると、勝手に見つけてきやがった。雑誌「ポポロ」を。表紙にジャニーズ・アイドルがわんさかだ。

買ってやると、一日中グラビアを眺めてる。そればかりではない。その写真の一枚一枚について、二宮くんは何しているのか、手越くんはなんと言っているのか、尋ねてくる。そんなこと知ったこっちゃない。言えるとしたら、かっこよくポーズを付けている、それぐらい。

だが、それでは父親としての務めを果たしたことにはならない。そこでこう言ってやる。手越くんは「お風呂で頭を洗おう」っていってるよ。亀梨くんは「おしっこはおまるでね」って・・・・・・。

そんなこんなですっかり頭がジャニーズでいっぱいになった娘だが、ついにおかしな反応を見せるようになった。

激しい風が吹いた朝があった。母親が「今日は嵐だ」というと、娘が即座に反応したのだ。「嵐?」 ジャニーズだと思って。娘のジャニーズ感知器がその言葉をキャッチしたのだ。

「テレビのニュース」という言葉にだって、感知器は反応する。「手越くん?!」 

「手越くん?!」 じゃないよ。

「ごちゃまぜカメレオン」という絵本を読んでやった。カメレオンにフラミンゴの翼が生える場面が出てくる。この「翼」にもビビッときてしまった。「翼くん?!」

この間、テレビでフィギュア・スケートをやっていた。安藤美姫が演技している。すると、ここで娘のジャニーズ感知器が急作動。なんだ、引っかかる言葉は何もないぞ。

「アンドー?!」

「タッキー&翼」の「&」に反応していたのだった・・・・・・。

2010年12月21日火曜日

クリスマスの夜に

夜、羊飼いたちが羊の番をしていると、天使が大勢でやってきて「今日、あなた方のために救い主がお生まれになった」と告げ、神を讃美した。

天使の出現に驚愕した羊飼いたちは、急ぎ町に向かい、そこで天使の言葉通り、生まれたばかりの赤子が飼い葉桶ですやすや眠っているのを見いだした。

「天使のいわれたことはまことに正しかった!」

彼らは自分たちに起きた不思議な出来事についてその子の両親に語り、熱烈に神を讃美した。

さて、羊飼いのなかに、ひとりの老人がいた。長きにわたる放牧生活のため、彼の肌、毛髪、肉体、衣服ばかりでなく、知性もまたすっかり消耗しきっていた。彼の人生はといえば、自分が最後に屋根の下で眠ったのはいつか、また最後に顔を洗ったのはいつかも思い出せないくらいの貧しく厳しいものなのであった。

もし救い主が現れるとしたら、彼のような人のため以外にはありえなかった。その意味では、天使が彼を含む羊飼いたちを救われるべき者たちの代表として選出し、その目の前に現れて、救い主の誕生を告げるというド派手なパフォーマンスを行ったのは、間違っていなかった。絶大なる神学的効果があった。

ただし、老人がそれを真に受けてしまった、という誤算を除けば。

その日から、老人はマリアとヨセフのところにひっきりなしにやってくるようになった。救いはまだか、救いはまだかと矢の催促だ。ぐっすり眠っているイエスを覗き込んでは、早くしろとばかりに揺すったり、「まだ寝てる!」とぷりぷりしたり。びっくりしたイエスが泣きはじめると、カンカンになってマリアとヨセフに難癖を付けた。「お前たちの教育が悪いから」というのだ。かと思うとオイオイ泣き出した。「これじゃ救いも台無しだ!」と絶望的になって。

マリアとヨセフは困り果て、熱心に神に祈った。すると、天使が現れて、幼子イエスがいつ救い主としての活動をはじめるかを告げた。

これで厄介払いできる、とばかりに二人は哀れな老人に大急ぎで話す。したら、そのじいさん怒るまいことか。

「えっ30年後だって。ふざけんな! そんな先のことなんか、構ってられるか。だいいち俺がそんなときまで生きてられるか。あのくそ天使どもめ! 俺を演出のために利用しやがった! まるでクリスマスツリーの吊り飾りみたいに。電飾みたいにピカピカ光らせて、用が済んだらご退場とばかりに捨てやがった! もう頭にきた! 救いなんぞ一切ごめんだ。後から来たってもう知らない! 俺はテコでも救われない!」

2010年12月3日金曜日

命まけ

小さい頃からプレッシャーというヤツに弱くてですね、ここぞというときにたいていシクジるのですよ。度胸がないというか、本番に弱いというか。それで、できるだけプレッシャーを避けて生きてきたわけです。徹底して。

まあ、それはそれでうまくいったのです。影を辿って歩くような消極的な生き方ですが、それに何の不都合もなかった。ところがですね、みなさんこうおっしゃるのです。「かけがえのない命」と! 「たったひとつの命」と! とんでもないことだ、わたしはこう思いましたね。そこで、わたしはモノの分かった人に尋ねてみましたよ。

「かけがえのない命、たったひとつの命と主張する人がいるのですが、それは本当ですか?」

「うむ、そのとおりじゃ」

「ですが、みんながみんなそんなにかけがえのないわけではないんでは? なかにはどうでもよい命だってあるのではないでしょうか」

「いや、命はどのような命だって尊く大切なものなのじゃ」

「ひょっとしたらと思ってお尋ねするのですが、わたしの命もそうなのですか」

「もちろんそうじゃとも」

なんと、わたしの命がそんなにも大切なものだなんて! これには参りました!

それからというもの、もう恐ろしくて恐ろしくて。そんな貴重なものとも気づかずに、まるでビニール袋にぶら下げるかのようにして生きてきたわけですから。外にだってもう出れやしません。おちおち夜も眠れません。そのプレッシャーたるや!

こんな厄介なものを背負わされると分かっていたら、生まれようだなんて思いませんでしたよ!

2010年12月1日水曜日

新幹線

千葉にお住まいの方々、そして千葉を愛する方々に大事なお話しがあります。

千葉の新幹線についてです。こう申し上げますと「千葉に新幹線などないぞ!」という声が聞こえます。「そんな計画もないぞ!」とも。

ですが、それは大いなる間違いなのです。わたしの話をよくお聞き下さい。

新幹線「こだま」と「ひかり」がありますね。この名称はそれぞれ音と光に由来します。音速、光速のように速い、というわけです。

ここで物理学のお話しをしましょう。ノーベル物理学賞を受賞したアインシュタイン博士の相対性理論によれば音も光も波だとのことです。そして、この偉大な科学者はまた、さざ波もまた波であることを公表いたしました。

すなわちア博士の理論を信じる限り、京葉線と内房線をひた走る「さざなみ」も「こだま」や「ひかり」と同等に扱わざるをえないのです。なぜなら、すべて波に由来するのですから。

ゆえに、「さざなみ」は特急ではなく新幹線の一種と認定すべきなのです。

厳密な科学的視点に立てばそう言わざるをえません。千葉県民として申し上げているのではありません。科学技術立国日本の国民として申し上げているのです。

「嘘をつけ!」「デタラメだ!」「ピーナツ野郎め!」「チバラギ人め!」「なめろう!」 

みなさん、落ち着いて下さい! 興奮しておられるのは、妖怪列車でお馴染みの鳥取県の方でしょうか? それとも福井の方でしょうか。どんな蒸気機関車が走っているのか存じ上げませんが・・・・・・。 

大丈夫! みなさんの県にも千葉県と同じようにいずれ新幹線が通ることがあるでしょう。23世紀ぐらいにはきっと。

いや、みなさんが一生懸命心から願えば、案外その日は早く到来するかもしれません。なぜなら、この世でもっとも速いもの、音よりも光よりもはるかに速いもの、それは「のぞみ」にほかならないのですから・・・・・・。