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2011年7月7日木曜日

抗議文(4)

罪人たちに対する鬼たちの啓発活動はまだまだ続いていました。

先ほどまで罪人を演じていた鬼が、周囲の罪人たちを恐ろしい目つきで睨みながらこのように言いました。

「さあ、みんな、考えてごらん? 劇に出てきたあの愚かな罪人はいったいどうすれば良かったのかな? どうすれば、騙されずに済んだだろうか? ほれ、君、どうだい?」

鬼はひとりの罪人を指名しました。「恥ずかしがることはないぞ! 今はシェアリングの時間だ。どんな発言だってウェルカムだ!」

ですが、罪人は答えることはできません。なぜなら、地獄のガムテで顔中をぐるぐる巻きにされていたからで、くぐもった呻き声を出すの精一杯です。鬼はこの罪人を素早く掴むと、腹のところで真っ二つに切り裂きました。

「じゃあ、そこの君はどう思う? なに、正解なんかない。ひとりひとりが自分の意見を言って、議論することが大事なのだ」

意見を求められた罪人はブルブルと震えながら、自分の口を指し示しました。舌を根こそぎ抜かれていたのでした。鬼はそれを見るやいなや、拳を振り降ろして罪人の頭をペチャンコにしました。

「君!」と次の罪人を指します。ですが、その人は両耳に溶けた鉛をたっぷり注ぎ込まれていたため、なんと言われたのかさっぱりわかりませんでした。すると鬼はその胴体から首を引っこ抜いて、ボールのように遠くに蹴飛ばしました。

鬼たちはこのようにして次々と罪人たちに意見や感想を尋ね、答えられないと見るや無惨に殺していきました。やがて、問いかけすらも省略されるようになり、単に殺戮を繰り広げているのと変わらなくなりました。

あまりのむごたらしさにわたしはめまいすら覚えました。すると彼が次のように語るの聞こえました。

「鬼たちの熱心な取り組みのおかげで、この地獄は数ある地獄の中でもトップクラスに位置しているのだ。これを見るがよい」 そういってわたしにチラシを一枚渡しました。それには次のようなまったく驚くべき事実が列挙されていたのでした。

罪人が選ぶ「怖すぎて思わず生き返ってしまった地獄」 第1位!
僧侶が説く「もっとも檀家を震え上がらせた地獄」 第1位!
冒涜者モデルが薦めるオシャレ地獄 第1位!
新橋のサラリーマンが答えた「上司を落としたい」地獄 第1位!
罪人目線に立ったコダワリ地獄 第1位!
地獄グッドデザイン賞 大賞!
OLが共感する「せつない責苦」のある地獄 第1位!
大人のカップルがときめく「隠れ家的地獄」 第1位!
年間ネット検索数 観光地部門 第1位!
沙汰が金次第でない地獄 第1位!
ベスト責苦アワード 火炙り部門 第1位! 串刺し部門 第1位! 八つ裂き部門 第1位! 
GNP(地獄総凄惨) 世界1位!
モンドセレクション 人肉部門 金賞!

「これだけの地獄を一丸となって作り上げてきたという強烈な自負心があるからこそ、鬼のいない地獄などという虚妄に対しては、鬼たちは徹底的に抗議し、これを排撃するのだ。鬼なくしてなんの地獄ぞ、これが鬼の気概といえよう」

わたしはこの言葉を聞きながらひそかに思いました。「しかし、人間を矯正するのに永遠ほどもの歳月の責め苦でもまだ足りないと考えている鬼どもが、たった一枚の抗議文で人間が考えを改めるなどと思い込むとは、まったく滑稽なことだ。責め苦一筋の責め苦バカなので、きっと常識というものを知らないに違いない」

2011年7月6日水曜日

抗議文(3)

この奇天烈なパンフレットを貪るように読んでいると、彼はわたしに告げました。

「この地獄にやってきた罪人はもれなくこの小冊子を受け取るのだ。これはよりよい地獄を目指す鬼たちの取り組みのひとつに過ぎない。さあ、来るがよい」

彼はわたしを洞窟から連れ出し、今度は大きな広場に導きました。そこでは無数の罪人たちが中央の空き地を取り囲んでいました。罪人たちはみな動くことができませんでした。なぜならあるものは鎖で縛られ、あるものは杭に打ち付けられ、またあるものは地獄特製のチクチクするガムテでがんじがらめにされ、またあるものは悪夢と悪酔いをもたらす麻薬で身動きを封じられていたからでした。

やがて中央の空き地に鬼が一匹と罪人らしき風体の人物が登場しました。罪人は次のように嘆きました。

「ああ、地獄に着くやいなやもらった素敵な小冊子のお陰で、安心して責め苦を受けられるというものじゃて」

すると、鬼が罪人の前に立ちふさがりました。

「罪人さん、これからどこで責め苦を受けようというのだい」

「いや、来たばかりでなんにも分からんのですじゃ」

「そうかい、それなら、おいらに付いておいでよ。チョイトいかした責め苦をやってあげるぜ」

「そりゃ好都合! (ここではっと気がついて)そうそう、鬼さんや、Gカードを見せてはくれんかね」

(鬼、身体をまさぐって)「あれ、お家に置いてきちゃった。罪人さん、後で見せるからさ、おいらに任せなよ。おいらに会ったのも、こりゃ地獄に仏ってヤツだぜ。なにしろ、おいらにかかりゃ、1万年の責め苦も、たった半日で終わっちまうのだからね。つまりだな、半日でこの地獄ともおさらばってわけさ。このチャンスを逃すって手はないぜ」

「そりゃすごい。その責め苦、受けないでいらりょうか。さっそく頼むよ」(と、罪人、裸の尻を鬼に向ける)。

「おっと、ごめんな、タダってわけにはいかないんだ。そうだな(と罪人の尻をしげしげと見る)、これくらいは戴かなくっちゃあ(と計算機の数字を示す)」

「高い!」

「だけど、あんたはこれで1万年得するんだぜ。安いもんさ。さあ、決めるなら今さ。おいらだって暇じゃあないんだ。次の約束だってあるんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれい。支払うとも、支払うとも(と、隠しから大量の小判を取り出し、鬼に渡す)」

「へへ、それじゃあ、責め苦をはじめましょうか」(と、罪人の尻をつねったり、棒で叩いたりする。罪人、あまりの苦痛に呻き声を上げるが、その表情はどこか晴れやかである。)

「さあ、罪人さん、これで責め苦はおしまいさ。おいらはこれで失敬するぜ」

「やあ、鬼さん、で、天国へはどう行けばいいんだい」

「ああ、ここで待っててみな、じきに別の鬼がやってきて連れてってくれるぜ」(と言い捨て鬼去る。罪人一人残される。ウキウキした様子。そこに別の鬼がやってくる。)

「さあ、おいでなすった。(鬼に声をかけて)鬼さん、わたしです、わたしです。さっそく天国に連れてっていただきましょう!」

鬼、じろりと見て「天国だと? 笑わせるない!」

「はて? 責め苦はすべて済んだはずですが?」

「ははーん! さては責め苦詐欺に引っかかりやがったな! この間抜けめ! ウジ虫め! さあ、来い。たっぷり苦しめてやるぞ! なにしろお前にはあと1億を1億倍した年数以上の責め苦が残ってるんだからな!」

鬼がこう叫ぶやいなや、軽妙な音楽が鳴り響き、その愉快な調べに合わせて、鬼たちが歌い出したのでした(罪人はいまやその扮装を剥ぎ取り、鬼の本性をさらけ出していました)。

愛は金で買えるけど
責め苦は金で買えやしねえ No No
愛に終わりはあるけれど
責め苦はいつもエンドレス Yeah
日本に元気を届けたい
世界に誇ろう日本の地獄

Check it out! Gカード!
Watch out! ニセ鬼!
地獄のSaturday Night Fever

このとき彼はわたしに語りかけました。「鬼たちはこのような愉快な寸劇を罪人たちの前で上演することで、詐欺被害防止活動に努めているのだ」

しかし、わたしはといえば、この猿芝居にあきれ果てると同時にすっかり辟易していたのでした!

2011年7月2日土曜日

抗議文(2)

すっかり混乱しているわたしに彼の声が響きました。

「生者どもが手当り次第に自分の迫害者を鬼と呼ぶ流儀についても鬼はかねてから腹に据えかねていたのだ。なにしろ、鬼を名乗れるのは鬼として正式に認定された者だけなのだからな。罪人取扱許可資格および一級責苦技術認定を取得した者のみが、地獄公認鬼として鬼と呼ばれることが許されるのだ。それゆえ、公認を受けずして鬼を名乗る者がいるとすれば、それは、間違いか、とんでもない詐称かのどちらかであり、悪質な場合には厳しく処罰されることになっている」

「そのような公認制度があるということは、鬼を詐称するものがいるということでしょうか?」

「そのとおり。次のようなニセ鬼によるトラブルが多発しており、鬼たちはかねてから憂慮しているのだ。詳しいことを知りたければ、これにざっと目を通すがよい」

といって彼がわたしに渡してくれたのは、『安心して責め苦を受けられるために〜地獄トラブルの実例と対策』と題されたパンフレットでした。その中には次のような事例が掲載されていました。

【ニセ鬼の手口1】
三途の川の到着出口のところで、ニセ鬼が「地獄で責め苦を担当する鬼だ」と正規の鬼のフリをしてだまし、強引に乗せた白タクで罪人を連れ回し、法外な料金を請求する。

《対策》
鬼だと名乗る存在から声をかけられたら、必ず地獄公認の鬼だけが所持している「地獄公認鬼免許証(Gカード)」の提示を求めましょう。

【ニセ鬼の手口2】
地獄を歩いていると鬼を自称する存在に声をかけられ、「今夜はどこそこで特別な責め苦が開催されるから、一緒に見に行こう」と誘われるままについていくと、土産物屋に連れて行かれ、高額な絨毯や壺をムリヤリ買わされる。

《対策》
「アヤしい?」と思ったら、まずGカードの提示を求めましょう。また、地獄での買い物の際は、安心価格と信頼の「鬼オススメ!」ステッカーの貼ってある、鬼推奨店を利用しましょう。

【ニセ鬼の手口3】
「鬼ならば、相場よりかなり安い価格で金棒が買える。わたしがいい店を紹介するから、わたしの名前で大量に金棒を買ってみないか。現世に持って帰って売れば、大金が儲かるぞ」などと、アヤしい取引を持ちかけてくる。うっかり口車に乗せられてクレジットカードで大金を支払ったら後の祭り。手元に残されるのは二束三文にもならないクズの金棒。

《対策》
いの一番にGカードの確認をしましょう。一本一本職人が手作りする鬼の金棒の購入は、専門の鑑定士のいるショップで。

2011年7月1日金曜日

抗議文(1)

その次に彼がわたしを連れてきたのは、地獄の洞穴の中の広大な広間でした。その中央には血糊にまみれた巨大なテーブルが据えられており、それを囲んで見るも恐ろしい風体の鬼たちが喧々囂々と議論しているのでした。

その様子はいかにと申しますと、ひとりの鬼が「ぎゅべどすとかぶる」といえば、もうひとりが「ぶがれていぇうえう」と喚いてテーブルを叩くといった具合で、鬼語を解さないわたしには鬼たちが何を論じているのか皆目見当がつきかねるのでした。

とはいえ、鬼たちがホワイトボードに鬼の文字で何かを書き付け、それを読み上げては訂正すると言った作業を繰り返している、つまり何らかの文章を推敲しているのは容易に見て取れました。

やがて、ついにその文章が完成したようでした。ひとりの鬼が巨大な硯で人間数人を擂りつぶすと、別の鬼がその血の墨に筆を浸けながら、人間の皮をなめして作ったおしゃれな便箋に丁寧に清書しました。文書が封筒に収められると、鬼たちは、一仕事終えた喜びからでしょうか、奇声を上げながら手を打ち鳴らすのでした。

「この性悪な鬼たちはいったい何をしているのでしょうか?」と尋ねると、彼は次のように答えました。

「これらの鬼たちは抗議文を作成していたのだ」

わたしは仰天して叫びました。「抗議文? いったい鬼が抗議文に何の用があるのでしょうか?」

これに対する彼の答えはまことに奇想天外といってよいものでした。

「これらの鬼たちは、大災害や戦争が起こるたびに生者どもが『まるで地獄のよう』とか『あたかも地獄のごとし』、『生き地獄に等しい』などと表現するのに憤慨しているのだ。なぜというに、鬼たちの見解によれば、鬼のいない地獄などありえないのだから。ゆえに、鬼たちは自分たちの尊厳と権利を守るために、鬼がいないのにあえて地獄などと呼ぶのは鬼という職業を軽視したはなはだしい侮蔑であると、生者どもに対して厳重に抗議すべきだと決意したのだ」

「としますと、あそこに集っている鬼たちは、ちょうど鬼の業界団体のようなものなのでしょうか」

「まさしくそうだ」

「鬼たちが自分たちを守ろうとするのはわかります。ですが、生者たちにもそれなりのわけがあるのです。多くの貴重な命が一瞬にしてむごたらしく失われるさまを目にしたら、誰しもこれは地獄だと言わずにおられないのでございます。それに、まったく鬼がいないわけでもないのです。この世を『生き地獄』と語る人々にとって、そのような苦しみを与える人々そのものがあたかも鬼であるかのようなのです」

「ああ!」と彼は憤然として言いました。「それ! それ! それ! 鬼はそれを我慢できないのだ!」

彼の言葉の意味をはかりかね、わたしはただただ唖然とするばかりでした。

2011年1月25日火曜日

地獄史観

その次にわたしが連れて行かれた地獄では、それまで以上に凄惨な責め苦が繰り広げられておりました。わたしはあまりの残虐さに内蔵に変調をきたし、ひどい下痢に見舞われたどころか、小便をすべきところから脱糞してしまったほどでした。

「おお、ここは何の地獄なでしょうか。わたしはここ以上に恐ろしいところはまったく知りません!」

すると彼は答えました。

「これらは生前、反日思想と自虐史観を徹底的に批判し、誇りに満ちた日本のための歴史教育とやらを提唱していた者どもである」

「なんと、わたしは歴史教育のことはとんと分かりませんが、行いの善悪のみならず思想信条によっても地獄に落とされることがあるとはなんとも恐ろしいことです!」

彼は呵々大笑して次のように言ってわたしの誤解を解いてくれたのでした。

「ああ、これらの愛国者たちにはむしろ鬼として活躍してもらっているのだ! 人間界における犯罪の増加、モラルの低下、モンスターペアレンツの跋扈、ネットの掲示板の発明などにより、地獄に堕ちるものの数が急増し、鬼の数が足らなくなっているため、これらの毅然とした人々を臨時雇いとしている次第なのだ。なにせ、自虐を憎むことにかけては鬼以上という連中なのでな!」

「なるほど、まさにこれらの凛とした人々以上に他虐にうってつけの人々はそうは見つからないでしょう!」

まさにそのとき、臨時雇いの鬼のひとりが、罪人の性器を立派な歴史教科書でめった打ちにしているところでした。

「ところで、この汚らわしい罪人どもはどのような罪を犯したのでしょうか?」

「ここの地獄に落とされたものは、みな、生前、良家の子女の前で、自らの猥褻なる箇所を陳列した外道である。地獄では、その罪人に似た傾向を持つ者が責め苦を担当する仕組みになっておるのだ!」

その鬼は罪人の性器を歴史教科書でバチンと挟んだり、しおりのヒモできつく縛り上げたりしていました。

「これを適材適所といわずしてなんといいましょうか!」 わたしは在世中には居場所のなかったこれらの人々が、死後生き生きと働いているのを見て、大いに励まされたのでした。

2010年10月12日火曜日

不屈もほどほどに

その次に彼がわたしに示したのは、まったく異様、奇々怪々な光景なのでした。

そこでは無数の人々が鬼たちと闘っているのでした。ある者は銃剣を振りかざし、ある者は竹槍を突き上げ、盛んに叫び声を上げながら、敵に猛突進していきました。敵たちは、鬼のような姿格好はしていませんでしたが、おでこに「鬼畜米英」と記された紙を貼り付けていたのでそれと知れました。

戦闘は一箇所だけで行われているのではありませんでした。遙か上空では戦闘機が唸りを上げて飛び交い、 相手を堕とそうと躍起になって撃ちまくっていました。遠い海原では白波を上げて進む空母に特攻隊が襲いかかろうとしていました。また、地上を進む戦車の群れや、敗走する兵士たちの姿も臨むことができました。かと思うと、工場で働くもんぺ姿の女性たちや、芋の蔓を囓る洟垂れ小僧も見えました。

まるであたかも、かの不幸な歴史が地獄の広大極まりないワンフロアーに出現したかのようでした。

「デアゴスティーニのシリーズ『週刊 太平洋戦争末期の世界 1/1スケール』でこれだけ完璧に再現するとしたら、いったい何週間かかることだろうか! 億ではきくまい!」と、わたしが胸算用していると、全世界に響き渡るような大声が次のように告げました。

「はい、終了〜。残念、原爆また落とされた〜!」

直ちに、凄まじい熱と光が炸裂し、これらの情景をあっという間に破壊し去り、後には焼け野原と一群の男と鬼が残されました。これらの男たちは、原爆などなかったかのように再び武装をはじめ、鬼たちにたいしてもう一度パールハーバーをおっぱじめたのでした。

唖然としているわたしに彼が語りかけました。

「戦争で負けたことを受け入れることのできない負けず嫌いは、死後このような地獄に落ちることとなるのだ。彼らは現実と同じ条件の下に闘い、原爆が落ちるまでの間に勝利することができれば解放されることになるのだが・・・・・・竹槍ではな!」

彼は爆笑していました。そしてわたしも釣られて腹を抱えて笑ったのでした。わたしたちはその場に留まり、原爆が15〜6回ほど続けて落とされるのを見て笑い転げていましたが、やがて飽きたので別の地獄に移動しました。

2010年9月28日火曜日

永遠に評価定まらず

その次に彼に連れてこられた場所でわたしは、驚くべき人々が鬼たちに苦しめられているのを目撃しました。

それらは中曽根康弘、安部晋三、菅直人たち著名な政治家たちであり、彼らは鬼に灼熱の勲章を地肌に突き立てられたり、鬼の遺族会に責め立てられたり、掲示板で鬼のネチズンに罵詈雑言を浴びせかけられたりしていたのでした。

生前は政治家として頂点に登り詰め、その権勢並びなき者であったこれらの人々も、地獄にあっては鬼の無党派層に相当苦しめられている模様でした。

「国家のために自らを犠牲にしたこれらの賢人たちに対して、これはあまりの仕打ちではないでしょうか!」とわたしが彼に詰め寄ると、次のような答えが返ってきました。

「これらの愚人どもは『政治家の評価は歴史が決める』とか、『政治家は歴史という法廷で裁かれる』とか、その他それに類することを言って、自らの政治的行為に対する責任を後世に丸投げしたばかりでなく、国民が政治家を評価するという民主主義の原則をも軽視したため、このような責め苦にあっているのだ」

「ですが、ある政治的決断のもつ評価が、時の経過により好転することもあるのではないでしょうか。これらの政治家たちにしても、その業績の真価を見極めるには、まだ時期尚早なように思われますが」

すると、彼は重々しく答えました。「鬼の責め苦の評価とて、決めるのは歴史なのだ」

わたしはこの言葉に仰天しました。「なんと、地獄も『棺覆って事定まる』のシステムだとは! だがそもそも鬼は死ぬのだろうか」 わたしはいろいろと考えをめぐらせるうちに、恐怖にとらわれました。というのも、頼みの綱の因果応報そのものも非常に疑わしいもののように思われてきたからでした。


【追記】
志賀直哉が随筆「銅像」で次のように書いている。

東条は首相の頃、「自分のする事に非難のある事も承知してゐる。然し自分は後世史家の正しい批判を待つよりないと思つてゐる」かう云つてゐたと云ふ。その後、新聞で、同じ事を云つてゐるのを読んで、滑稽にも感じ、不愉快にも思つた。

こう述べた後、志賀直哉はある巧妙なやり方で東条英機を蹴り落とすのである。(2010/X/08)

2010年7月12日月曜日

夢と時間(2)

彼が私を連れてきた場所は、あたかも新宿駅のホームのようなところでした。ホームに引かれた白線沿いに男たちが一定の間隔で並ばされており、これらの男たちが少しでも線を越えようとすると、どこからともなく「白線の内側までお下がりください」と鋭い叱責の声が鳴り響くのでした。

やがて電車がやってきました。 その電車の先頭にはある数字が刻印されているのに私は気がつきました。

電車が停車すると、男たちは乗り込みました。その車両はちょうど男たちの数だけあり、つまり、一車両にひとりが乗ることとなったのでした。

各車両にはそれぞれ7匹の鬼どもがすでに乗車しており、男がやってくると即座に取り囲みました。それらの車両には、「鬼専用車両」と記されていました。

愚かな男は喜々としながらさっそく周囲の鬼たちの尻を触りはじめました。しかし、その邪悪な手が鬼たちの丸い臀部に触れるや否や、男は苦悶の叫びを上げました。男は絶叫しながら手を離します。ですが、すぐにまた別の尻をまさぐりはじめ、再び苦痛にのたうちまわるのでした。

というのも、鬼の尻はそれ自体が責苦の道具となっていたのです。

第一の鬼の尻には1万ボルトの高圧電流が流れていました。

第二の鬼の尻には、トリカブトの1億倍の猛毒が塗られていました。

第三の鬼の尻は鋭いガラスの破片が無数に埋め込まれており、触っただけで手がちぎれました。

第四の鬼の尻からは強烈な幻覚剤が分泌されており、ほんのわずかな分量で100年分の悪夢にうなされました。

第五の鬼の尻には針のような剛毛がびっしり生えており、触っただけで手が穴だらけとなりました。

第六の鬼の尻からは、ひと嗅ぎで鼻の全細胞を1万回も悶絶死させるに足る最悪の匂いが検出されました。

第七の鬼の尻は、第二の鬼の尻と第五の鬼の尻を合わせたよりもずっと強い苦痛をもたらしました。

男はどんなにひどい目にあおうとも、このすべての尻を何度も繰り返し触らずにはいられないのでした。やがて発射ベルが鳴り、ドアが閉まりました。そして電車は発車し、永遠にやって来ない次の停車駅に向かって旅立っていきました。

わたしは男たちが味わう永遠の業苦を思いながら叫びました。

「おお、これらの男たちはなんと愚かなのでしょうか。苦痛が待ち受けていると知りながら、お尻に手を伸ばすことをやめないとは!」

すると彼はわたしに次のようにいいました。

「痴漢は尻を裏切らない、尻も痴漢を裏切ってはならない。これはまことに真実である」

わたしはこの恐るべき言葉を聞いて、とんでもない訴訟に巻き込まれはしないか怖れました。

*ここに知恵が必要である。賢い人は、電車の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。そして、その数字は999である。

2010年7月6日火曜日

夢と時間(1)

さらにその後、わたしが目にした光景は、残虐であると同時にまったく奇々怪々なものなのでした。

巨大な毛虫が無数に蠢く中、両手を高々と掲げた裸の男たちが立ちすくんでおりました。毛虫たちは奇怪な叫び声を上げながら、男たちの足を這い上がり、ついには腰の辺りにまで達します。すると耐えきれなくなった男たちは手を下ろして、虫たちを払いのけようとするのですが、鬼たちが素早くやってきて、鬼が独自に強化した竹刀で腕や脇腹を激しく叩くのです。男たちは苦悶の叫びを上げながら、再び手を挙げざるをえないのでした。

つまり、男たちは手を下ろすことが許されないのであり、このようにして彼らは邪悪な毛虫に覆い尽くされ、少しずつ齧りとられ、最後には掲げられた手のみが残されるという案配なのでした。

「バンザイをしただけでこのような罰にあうとは恐ろしいことだ」とわたしが思うと、それを見透かしたかのように彼がいいました。

「これらの男たちは『満員電車では両手を上げています』などと言って、迷惑顔と被害者面を足して2で割ったようなご面相をしてみせたため、このような責苦を定められたのである」

「なるほど、痴漢を責めるどころか、被害に遭った女性を莫迦にするこうした連中の浅ましさといったら、まったく野方図きわまりないと申せましょう。ですが、かたやこうした男たちに罰を与えるいっぽう、痴漢たちを見逃したのでは、地獄の鬼とて女性に顔向けできるとは思わないのですが」

彼はわたしのこの言葉を聞くといった。

「では、来るがよい」

2010年6月28日月曜日

自己責任

その次にわたしが目にした光景は、まったく残虐きわまりないもので、「このようなものを見るくらいならば生まれなかったほうがまったくましに違いない」と、自らを呪ったほどでした。

それは、幾人もの男女が、鬼たちに金棒で突かれ、潰され、つみれのようにすり身にされている光景でした。これらの罪人たちは、どのように切り刻まれようとも、どれだけ小さなミンチの粒となろうとも、自意識を失わないため、どの肉体の破片も同じ分だけ痛みを味わうという具合なのでした。すなわち、むごたらしい苦痛がその当人にとってみれば幾千幾万倍にも増加しているわけなのです。

彼は重々しく告げました。

「これらの者どもは、自己責任論を振りかざして民衆を惑わしたために、死後このような目にあっているのだ」

わたしは安堵して思わずツイッターでつぶやきました。

「なるほど、これらの人々がこのような無限の責苦にあうのも自己責任であってみれば、こちらが同情する筋合いもないというものだて」

*散乱した人肉は責苦終了後、鬼たちがおいしくいただきました。

2010年5月31日月曜日

坂本龍馬

黒い岩山からは煮えたぎる溶岩の川が見えました。わたしは川の中で一艘の舟が灼熱の荒波に翻弄されているのに気がつきました。その舟はといえば燃え盛る炎に今にも飲み込まれそうです。

舟の中では、恰幅のよい男たちがなす術もなく火炎に焼かれているのでした。彼らは、あまりの暑さにしきりにのどの渇きを訴え、足下に転がる無数のはっさくに齧りついていました。しかし、それらの果物はすべて熱のためドライフルーツと化し、一滴だって果汁を搾ることもできないのでした。

彼らの絶望によって発せられた絶叫にわたしが耳を思わず塞ぐと、彼はいいました。「この男たちは、もともと政治家で、いい年をして坂本龍馬へのあこがれを表明するなどして、安易で見え透いたイメージアップを図ったがために、このような苦しみにあうこととなったのだ」

あらゆる罪を見逃さない地獄の緻密さにわたしは感嘆して叫びました。「おお、いかに超辛口純米酒《船中八策(日本酒度+8.0)》がよい酒だとしても、これらの罪人たちの渇きはとうてい癒せはしないでしょう!」

2010年5月29日土曜日

ヘッドフォン

次にわたしは、両耳にヘッドフォンをして音楽を聴いている一群の人々に出会いました。だが、やがてわたしが気がついたのは、ヘッドフォンと見えたものがそのじつ棘だらけの甲虫であり、これらの人々がその醜い虫に耳を齧られているのだということなのでした。彼らは耳から血を流しながら、苦悶のリズムを口ずさんでいました。恐れおののくわたしに向かって彼はこのようにいうのでした。

「これらの者どもは生前、電車の中で大きな音量で音楽を聴き、ヘッドフォンから漏れる音で周囲の人々に不快な思いをさせていたのだ」

「地獄でこんな目にあうくらいならば」とわたしは思わず叫びました。「5万円のインナーイヤー型ヘッドフォンも安いものだ! しかも、ポイントカードなら15%もポイントが還元されるときている。買わない手はあろうか!」

太陽光

そこでは年配のご婦人方が、激しく照りつける6つの太陽にじりじりと焼かれているのでした。彼女たちは苦悶にのたうち回り、聞くに堪えない恐ろしい叫び声をあげていました。わたしが震えていると、彼はいいました。

「これらの淑女たちは生前、日差しを激しく憎み、スカーフやら、つばの広い帽子やら、得体の知れぬクリームで肌を完全防御して、日焼けを無意味に怖がること、かえって見苦しいほどであったので、死後このような責苦にあっているのだ。」

「おお、多少のシワやシミを恥じたせいで、このような目にあうとは恐ろしいことだ。」とわたしは叫びました。