2014年12月16日火曜日

輝かざる者食うべからず


逮捕状の提示も、弁明の機会も、しかるべき手続きもなく、男たちは彼を拘束し、この薄汚れた部屋に拉致したのだっ。

威圧感たっぷりに見下ろす二人の男に囲まれながら、彼は固い椅子の上で身を強張らせている。

「お前のその苦虫を噛み潰したような顔も今日が最後だと思え!」 

ダルマのようにずんぐりむっくりした男が怒鳴った。

捕らわれの身の男は驚いた顔をした。まるで自分の顔についてそのようなことを言われるのは心外だといわんばかりだ。

するとダルマは「口答えすんじゃねえっ」と机を激しく蹴り付けた。怒鳴られた男はその剣幕に気圧されて、自分が何も言ってはいないということにも気がつかない。

もうひとりの男が仲間を手で制止して、穏やかな声で語りかけた。「少々疑いが、まあ、あるというのでね、君について。で、君はそれを晴らす義務があるというわけだ」 

「疑い?」 その声は不安に満ちている。

「ああ、君は少し変わっている。つまり、われわれの国にそぐわない、というか、ふさわしくない、いや反社会的ですらあるのだ」 のぞき見るような目つきでじっと見る。

「僕はなにも……」

「いや、ただ君が、なんとなく、いや実のところ、ひどくあやしいというのがわれわれの考えなのだ。つまり、君は実につまらなそうだ。というか不機嫌ですらある。町内のみなさんがそうわれわれに訴えている……あの陰気な男をどうにかしてほしい、対策してほしい、と。通報がきた。通報があれば動く、とりあえずね。それがわれわれの仕事だ」

通報というやや物々しい言葉が心をえぐったのかもしれない、陰気だといわれた男はかすかに眉をひそめた。これがダルマの気に入らなかった。今にも殴りかからんばかりの勢いで叫ぶ。「たまげた! たいしたネクラだぜ! 社会を明るくする運動に楯突く一味に決まってますよ! ひとつここは俺に任せてください!」

「待て待て」ともうひとりの男。再び座らされた我らの友人に顔を向けて「いや、たいしたことはないんだ。ただ、君のね、その悲しげな顔が問題なのだ。いや、君はそれは俺の勝手だだろうというかもしれない。だが、もしその君の悲痛な面持ちが、善良な市民の輝き、喜びを損なうとしたら? 危険なのだよ、社会の脅威なのだよ。我が国がテロとの戦いを最重要事項に掲げていることは知らぬとはいわせないよ」

テロ! なんという恐ろしい言葉だろう。彼の頬が微かに震えはじめた。そうだ、彼も馬鹿ではない。笑おうとしているのだ。

「君はまったく輝いていないな。輝かざるもの食うべからず……安倍首相もそういっている。輝いていないものは、この国では生きる資格などないのだ。さあ、キラキラと笑うのだ、朗らかに! そしてこれからずっと日本人らしくにっこり微笑んでくれることに同意して、この誓約書ににっこりサインしてくれれば、それでおしまいだ」

彼の笑顔への努力は続けられていた。今や顔全体が痙攣していた。笑え、笑うのだ。後一歩だ、もう少し……しかし、突如として恐怖と嫌悪がぶり返してきた。たちまち微笑みの萌芽は踏みにじられ、厳冬の雪のごときしかめっ面が我らの友の顔を覆い尽くす。

「なんてえメランコリアだ!」 ダルマが下卑た声を上げる。皮肉ったらしく「コリア」の部分を強調。「こいつはどうも反日勢力ですぜ!」

「ああ、わたしの友人は少々思い込みが激しくてね。だが、君が態度を変えないのなら、わたしとしても彼の見方というものを支持せざるを得なくなるよ……聞かせてほしいものだな、周りへの迷惑も顧みずショボくれ顔に固執する君のそのワケを」

ダルマが叫ぶ。「は! ワケなんてあるもんですかい! 日本が憎くてたまらないってツラじゃないですか!」

「そうなのかね、わたしのこの愛国的な友人の語る通り、君は日本の誇りを破壊しようとしてそのいやらしい反日顔を続けているのかね。そうでなければ、さあ、言いなさい。君の憂愁の理由を打ち明けるのだ」

「なんのことか……僕は……悲しくなんかありません。今のままで、十分楽しいのです」

「ハハ! 最高のジョークだぜ!」 ダルマがけたたましく笑った。「ここまでシラを切り通されたんじゃ、俺たちだって黙っちゃいられねえ。こうなりゃ実力行使だ!」

もうひとりの男はもはや制止はしなかった。彼はいまやぞっとするような眼差しで、怒れる仲間が上着を脱ぎ捨て、腕まくりするのをじっと見つめていた。

ダルマはズボンのポケットから取り出したおもしろ眼鏡をおもむろに装着した。この予期せぬ行動に愕然とした捕らわれの男が、もう一人の男に目を向ける。なんといつの間にか安倍首相のおもしろゴムマスクをかぶっているでないか。

仮装した二人の男は一斉に両手を上げた。殴られる、と彼が身をすくめた瞬間、けたたましい破裂音が響き、火薬の匂いとともに紙テープが降り注いできた。

おお、このクラッカーは、ぶちのめされるよりも、蹴られるよりも、傷つけられるよりもはるかに恐ろしい拷問の開始を告げるものだったのだ。

男の目の前にぶちまけられたのは、ありとあらゆるパーティ用品、バラエティグッズ、ジョーク製品、ユーモア・プロダクツ、愉快なゲーム。これら残虐な遊具を操るは、まさに地獄から出向してきたエリートたち、全身サルタイツからメイド姿への早変わり、顔芸、腹芸、尻芸、おどけた踊りにムーンウォーク、ちょっとちょっとのひな壇芸、かと思えばジャグリングに手品。クラッカーとサイリウムが花火のように室内を彩り、パッチンガムの破裂音、笑い袋の哄笑を背景にまだまだ続く罰ゲーム、熱湯風呂、物まね、ヒゲダンス。 思い思いのコスプレで、自信満々の一発ギャグで、思わず声を上げるサプライズ演出で、思い出せるだけの小ネタを振りまいて……凄惨なばか騒ぎは、想像を絶した責め苦は、ついに無限大の様相を帯び、おお、取調室を、いやこの宇宙そのものを、バラエティ化し、27時間テレビ化し、春の祭典化したのだっ。

しかし、見よ、男の顔は、笑いに沸騰するこの宇宙のただ中で冥王星のように冷えきっているではないか。

無慈悲な人権侵害に夢中になっていた恐るべき二匹の鬼たちは、不意にこのハデースの顔に気付く。なんたるKY野郎! 激しく怒りだす、目を剥く、もう罵り出さずにはおれぬ。

「え? 北朝鮮のニュースキャスターかよ! 将軍様がおっちんだときの!」

「君のような者がいるから、被災地に笑顔が届かないのだ! 絆を台無しにするクズめ!」

と、そのときだ。扉がばっと開いて、「大成功」の看板を掲げた男が乱入した。ドッキリだ。もう大爆笑。腹を抱えてダルマが男に叫ぶ。「ハー、ヒー! 気がついてた? 気がついてた?」

「終了〜!」 相方が小躍りしながら男を立たせて、「こっちこっち!」と隠しカメラのほうに向くように促す。「はいチーズ! 大成功!」

しかし、彼は今や何という顔つきだろうか。死人の顔だ。それもただの死人ではない。純粋なる意志の力のみで命を絶ちきった自殺者の顔だ。

命を凍らせるその殺人力が、森羅万象に及ぶおどけ熱を一気に蹴散らした。嵐のごとき臆病風に吹かれて男たちは白面に戻る。そしてぶるぶると震えながら部屋から退出する。

「絆なんてくそくらえ」 弱々しく誰かが捨てぜりふを吐くのが聞こえた。

男はその後独房に移された。窓も明かりもない、真夜中の匂いのする牢獄だった。彼はしばらくぼんやりしていたが、やがて固い寝床に身を預け、顔を押し付けた。突如として沸き起こった奇怪なしゃくり声がその身を震わせる。むせび泣いているのか、笑いを押し殺しているのか。おそらくその両方だろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿