2011年9月30日金曜日

尖閣諸島

国策捜査を許すな! 売国警視庁にNO!

吉田茂治さんを支援する会

国を憂い、日本民族の誇りのために活動する青年、吉田茂治さんはある日突然、身に覚えのない罪で警察に逮捕されました。

容疑は痴漢。2011年9月8日午後7時、帰途につく人びとを満載した東急目蒲線でのことでした。

警察は吉田さんが当初から否認していたにもかかわらず、犯人扱いをし、むりやり警察署に拉致しました。そして、暴力的な取り調べにより、彼が犯行を行ったという調書を捏造したのです。

わたしたちは吉田さんの逮捕のニュースに驚愕しました。わたしたちの知る吉田さんは、日本民族の誇りを守るために一生懸命働く素晴らしい青年でした。半島人ならともかく、サムライ魂を持った青年がこのような破廉恥な事件など起こすはずがない、というのがわたしたちの直感でした。

そして、吉田さんに面会をし、その話を聞くにつれ、ますますわたしたちは彼の無罪を確信し、それと同時にこの「事件」そのものが、ひとりの愛国者を貶め、破滅させるために仕組まれた罠であることをはっきりと突き止めたのでした。

警察は吉田さんの愛国心を歪曲し、踏みにじり、あざ笑ったばかりでなく、この事件を民主党売国奴政権の都合のいいように利用しようとしているのです。

わたしたちは日本民族に対するこの裏切り、おぞましい自虐を絶対に許すことはできません。

わたしたちはここで事件の真相を明らかにしようと思います。これをお読みになればみなさんも吉田さんが「事件」をおこしたどころか、真に愛国的かつ英雄的な行為に身を捧げたということがおわかりいただけるでしょう。

事件はその猛烈な反韓流デモにより吉田さんが朝鮮人の憎しみを買ったことに由来します。生来の悪質ハッカーである連中はグーグル社の韓国人社員と示し合わせて卑劣極まりない攻撃を仕掛けてきたのです。

きゃつばらはGoogle Earthのプログラムを書き換え、地図に混乱を生じさせ、吉田さんのお尻が尖閣諸島として世界中に表示されるようにしてしまったのです。

何億人もの中国人が吉田さんのお尻にロックオンしました! 中には日本にやってきて、吉田さんのお尻を奪い取ろうとするものまで現れる始末でした。

ですが、吉田さんのお尻は日本固有の領土です!

吉田さんは必死になってお尻を守りました! 上陸しようとする中国人どもを鬼神さながらに蹴散らしました。あるときなどは数十人の中国人にもみくちゃにされ、ついにはお尻もこれまでかと思われたとき、尻の穴から吹き出てきた不思議な神風がモンゴル野郎を失神させたことだってありました。

しかし、憎いのは朝鮮人どもです。連中、高みの見物を決め込んでお尻の攻防を嘲笑っていました。しかもそれに飽きたらず、さらなる過激な攻撃を予告してきたのです。

日本人の尻を無差別にカダフィ大佐の隠れ家として表示するというのです!

多国籍軍の空爆に持ちこたえることのできるお尻がこの日本にいったいいくつあるというのでしょうか?

まさに日本の尻の危機です! 未曾有の国難です! 吉田さんはこの危機にひとりで立ち向かいました!

「ぼくは反日勢力の企みを阻止するために、Google Earthを手がかりにカダフィの隠れ家に仕立て上げられた尻を突き止め、無我夢中でしがみついたのです! 愛国者なら当然の行為です。武士道です。サムライ精神です」

しかし、吉田さんは人びとに取り押さえられ、警察に乱暴に引き渡されました。そして、不当な国策捜査により彼は痴漢の濡れ衣を着せられたのでした。これが日本民族を破滅させようとしている反日勢力の汚いやり口なのです。

獄中の彼の叫びを聞いてください。

「ぼくは天地神明に誓って潔白です。国を愛することが罪なのでしょうか? 民族の誇りを持つことが罪なのでしょうか? 我が身の危険を省みずお尻に手を伸ばすことがいったいなんの罪にあたるのでしょうか? ぼくは警察官に何度もそう尋ねましたが、彼らは何一つ答えてはくれませんでした」

バカへの扉(並行世界)

2011年
治癒不可能なバカが発見される。「バカは死ななきゃ治らない」がいよいよ現実のものに。

2012年
医学博士酒井洋一、治癒不可能なバカを冷凍睡眠状態にし、バカの治療が可能な未来に託すプロジェクトを政府に提案。プロジェクト、国会で承認され、「バカ・フォー・ザ・フューチャー(BFF)計画」と命名される。総合責任者に酒井就任。

2013年
1月1日、BFF計画始動。冷凍睡眠カプセルの開発進む。

2014年
冷凍睡眠カプセルが実用化。未来の医療でバカの治療を希望するバカの募集にバカな応募が殺到。6ヶ月に及ぶ厳正な審査により、5000人の選りすぐりのバカが合格。

2015年
1月4日、5000人のバカ、冷凍睡眠に入る。

1月5日、5000人のバカ、寒くて目が覚める。

2011年9月29日木曜日

シングル・ファンタジー

これはダブルといってもダメなほうのダブルじゃねえの、そう思いました。1980年のことです。

だって、ジョンとヨーコの曲が交互に入ってるんですよ。片っぽはどう考えてもいらないじゃないですか。

ちなみにいいほうのダブルとは、もちろんマックのダブルチーズバーガーです。

それはともかく、当時はまだレコード盤の時代でした。わたしはヨーコの歌が聞きたくなかったので、ジョンの歌が終わるたびにターン・テーブルに飛んでいって、大急ぎで針を動かしたものでした。ですが、そのせいでレコードがすっかり傷だらけになってしまいました。

これじゃダメだってんで、カセットテープに一曲とばしで録音したのですが、やったことがある方ならおわかりのように、それもずいぶんと面倒くさい作業でした。しかも、録音の一時停止ボタンを押すタイミングが難しいんです。イントロが切れたり、逆にヨーコの曲の終わりが入ってしまったり。

不器用なせいもあるのですが、ジョンの曲だけで満足のいくテープを作ることは結局できませんでした(ウォズに頼めばよかったかもしれません。ああいうの得意そうですから)。

ですが、この苦い経験がわたしに風変わりなアイディアをもたらしました。それは、アルバムに入っている曲を、たとえば積み木の1つのように自由に動かせ、組み合わせ、取捨選択する、そのようなシステムを設計することができれば、ジョンの曲だけからなる「シングル・ファンタジー」など簡単に作ることができるのではないか、というものです。

それからというものわたしはこの斬新なシステムの創造に没頭しました。何年もかかりました。実際に製品化されたのは2003年のことですから。そして、それ以降のことについてはみなさんもご存じの通りでしょう。

わたしの製品が音楽の聴き方を革命的に変えた、とみなさんおっしゃいます。ですが、わたしはまったくそうは思いません。21世紀の音楽の楽しみ方を変えたのはわたしでもiTunesでもありません。それは、オノ・ヨーコなのです。(スティーブ・ジョブズ談)

2011年9月28日水曜日

バカへの扉

わたしは自分のバカを治療するためにあらゆることをした。

薬を飲んだ。カウンセリングに通った。手術をした。本を読んだ。セラピーを受けた。レントゲンを撮った。バカに効き目ありと聞けば、どんなことでも試した。しかし、ついに医者たちはさじを投げた。

「現代の医学では、あなたのバカは治せないのです」

わたしは未来に希望を託した。冷凍睡眠状態になって、わたしのバカを治してくれるまでに医学が進歩するのを待とうというのだ。

しかし、そう考えたその瞬間、わたしの目の前に、見たこともない男が現れた。彼は未来からやってきたのだと言い、「今後どんなに医学が発達しようと、あんたのバカを治療することはできないのだ」と断言した。

「だから、冷凍睡眠で未来に来ようだなんて料簡を起こすのは止めてほしい。あんたがそんなことをおっぱじめたせいで、他のバカもこぞって冷凍睡眠カプセルにもぐり込んだんだぞ。おかげで未来は過去からやってきた選りすぐりのバカで溢れんばかり、もう破滅寸前なのだ!」

未来人が涙ながらに懇願するので、わたしは哀れを催した。「わかりました。わたしはぬくぬくしたところでしか決して寝ないと誓います」 未来人はホッとした表情で未来に帰っていった。

わたしは本当にがっかりしてしまった。わたしのバカは永遠に治癒不可能なのだ。

もはやわたしには死しか残されていないように思う。バカは死ななきゃ治らない、これはまことのことだった! ああ、死ぬ間際に少しだけ賢くなった!

わたしが死んだら、その亡骸を石膏で固めて医学部のある大学のどこか広々としたところに置いてくれるようお願いする。そして、台座に「医学への戒め」とだけ記して欲しいのだ・・・・・・。

* * *

そのように書き置いて、わたしが自殺しようとした瞬間、奇怪な影が目の前に現れた。そして、自らを冥界からの使者だと告げ、次のようにわたしに語った。「死んだってバカは治らないよ」

まさに絶望の一言。だが、何とか立ち直ってみせた。バカがダメならアホならどうだ、と閃いたのだ。いまでは自分のアホの治療に奔走する日々だ。

2011年8月31日水曜日

荒唐無稽文化遺産

ハラキリを無形文化遺産に 文化庁 来年の申請目指す

文化庁は日本の伝統的自決方法である切腹を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産として登録申請を行う方針を明らかにした。

登録に向けた準備として、有識者や切腹経験者による推進委員会が来月早々にも組織される。同委員会では、切腹の歴史、作法などを取りまとめ、日本独特のハラキリの美を世界にアピールする予定だ。

今回の決定に切腹関係者は一様に喜びを隠せない。

切腹に関する啓蒙活動で知られる高田徳治さんは「新渡戸稲造がすでに指摘しているように、切腹は日本の誇るべき文化であり今回の登録申請の動きは遅すぎるぐらい。これをきっかけに小学校でも愛国心とともに切腹の作法も教えられるようになれば」と期待をかける。

また切腹の無形文化遺産登録を長年訴えてきたNPO法人報国忠誠会の原田太刀夫総帥も「登録申請時には本場のハラキリをユネスコのみなさんに是非ともご披露したい」と意気込みを語り、早くもヒートアップ気味だ。 

文化庁は日本料理の無形文化遺産登録を目指すなど国家戦略として日本のブランド力向上を推進している。

(写真)介錯はお・ま・か・せ!=切腹の作法を学ぶ子どもたち(高田徳治さん提供)

『存在と反省』

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★★★★★ ポストポストモダンの『方法序説』 2011/8/31
By 生涯一哲学徒 レビュー対象商品:存在と反省 (フランス新思想叢書) (ハードカバー)

現代フランス思想の最前線に立つ哲学者、ジャック・バラン氏の主著の待望の翻訳。主体の危機の時代にあって、新たな主体の確立を目論む著者は、その特異な主体論の基礎に「反省」を据える。しかし、その「反省」がカルテシアン流認識論の上に立つものではなく、多分にエシカルなものとして構想されているのが、氏の新味といえる。

日本の読者にとって興味深いのは、ここで哲学者がこの倫理的なréflexion を論ずるのに、日本語の「懲りる」を引き合いに出していることだ。日本で教鞭をとったことのある氏らしい議論の展開であるが、氏はこの「懲りること」こそが「大国が小国を破滅させる戦争と災厄の時代」を繰り返さないための新たな主体の「決意」なのであると訴える。そして、氏がデカルトに倣って行う次のような主体定義は、本書の白眉とも言える。「Coriro, ergo sum(我懲りる、ゆえに我あり)」 。

しかしながら、「反省」一辺倒では前には進まないのはもちろんのこと。本書の後半の議論は、この「懲りる」という認識論的手続きを経て、いかに新たな主体を生成していくかということに費やされる。氏は「懲りること」ことの対義語は「懲りないこと」ではない、それは「懲りることから癒されること」であると喝破する。これは端的にいえば、主体とは「懲りること」と「癒されること」との絶えざる弁証法的緊張関係においてのみ存在しうるということであるが、同時にこの緊張関係を維持する装置が担保されていなくてはならない。ここで哲学者はジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの「機械」概念を援用しつつ結論に到達する。新たな主体の確立には「懲りを癒す機械」が必要なのだ、と。

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2011年7月30日土曜日

遺書教室(6)

舞茸が生える秘密の場所までは、山の中を一時間ほど歩かなければならない。たいした距離ではないようだが、険しい斜面が続くので、四反田のような巨漢には容易ではない。

はたして二〇分も歩かぬうちに音を上げだした。「休憩! 休憩!」

「まだ半分も来ていませんよ。日が暮れる前に帰ってこなくちゃならないんで、休む暇なんてありません」

すると、しばらくは黙って付いてきたが、やがてぶつぶつ言い出し、ついには座り込んでしまった。

そこで「もう先に行けないんなら、ここで引き返しましょう」というと、「ははーん! さては教えるのが惜しくなったな! わたしを疲れさせて諦めさせようっていうんだ!」と、すごい目つきで睨む。

わたしは必死になって否定したが、そうすればするだけ彼の疑心暗鬼は募っていくようだった。

「じゃあ、こうしましょう。ここで待っていてください。わたしが一人で採ってくるから」

これはまったく逆効果だった。自分が置き去りにされると思ったのだ。「人殺し! 人殺し!」と喚きだした。「狼の餌食にするつもりだな!」 巨体を振るわせてわたしを罵りはじめた。「死ね!」ともいった。

わたしもできればその期待に応えたかった。だが、遺書なしでは!

わたしは周囲の木の根元を探し始めた。もしかしたら、舞茸が生えてないか、と思ったのだ。木々の根元の落ち葉や枯れ枝をそっと払う。すると何かキノコらしきものが姿を現す。わたしが顔を近づけて調べようとしたそのとき、四反田の手が伸びて、根こそぎかっさらった! 

瞬く間に口の中に!

「わたしを騙そうったってそうはいかないんだ!」 口をもぐもぐさせながら叫ぶ。

「うまい! うまい! これぞ幻の舞茸!」 小躍りしてる。高笑いしてる。頭を激しく振り出した。わけの分からないことを口走ってる。よだれを流しはじめた。全身が痙攣してる。

毒キノコだ!

それからほぼ二時間のあいだに、先生はすべての生命力を燃やし尽くした。祝祭の如き舞踏、嵐のような笑い、恩寵に似た涙が、先生の命を縮めたのだ。キノコに愛されし男の辿る末路だ。

先生は今や息も絶え絶え、わたしの目の前にぐったりと横たわっていた。ときおり、痙攣が彼の身体を飛び上がらせる。わたしは憎しみに燃える。キノコめ! こんなになってまで、まだこの人を踊らせようとするのか・・・・・・。

だが先生はやさしくわたしを見つめている。何かをいおうとするが、もはや声も出ない。ただ指を持ち上げ、自分の胸ポケットを指すのみ。わたしはそこから折りたたまれた白封筒を取り出す。わたしの目からどっと涙が溢れ出る。先生は微笑みながら目を閉じた。

そこまでの覚悟で! わたしはむせび泣く。先生は死ぬ覚悟でこの山にわたしとともにやってきたのだ! そこまでしてわたしを教え導こうとしていてくれたのだ。わたしは先生の残した封筒を見つめて誓う。きっと素晴らしい遺書を書いて死にます、と。

わたしは封筒を開ける。先生が残した最後のレッスン、血で贖われた正真正銘の遺書を見るために。

中は領収書! 受講料の!

と、どやどや誰かがやってきた。あまりの騒がしさに村人たちがやってきたのだ。わたしは慌てて身を隠す。はて天狗どんの宴会か? いや、イノシシが発情してんだ! みんな口々に言い合ってる。だが、すぐに四反田に気がつく。ただちに救助隊が呼ばれる! 担架に乗せるだけでも大仕事だ。不意に擦れた叫び声。「舞茸!」 

野郎め、生きてやがった。「舞茸! 舞茸!」 わたしは一目散に逃げ出した。一気に山を駆け下りた。もう遺書なんかバッカらしくて! こういった手合いがのうのうと生きているのにしおしおと自殺するなんて、まったくもって自殺行為にちがいない。

2011年7月29日金曜日

遺書教室(5)

1時間後、わたしたちは再び教室にいた。

汗まみれの四反田は、腹を突き出して椅子の背にもたれかかっている。呼吸も苦しそうだ。替え玉を5回もすれば当然だ。

わたしは遺書の最初の一文を仕上げ、読み上げる。

「『父上様母上様 新宿宮本屋の元祖とんとこラーメン金玉のせ(ネギ、高菜トッピング)美味しうございました。』」

「麺!」と注意が入る。忘れてた。

「『父上様母上様 新宿宮本屋の元祖とんとこラーメン金玉のせ(ネギ、高菜トッピング、麺バリカタ)美味しうございました。』」

「いい、いい、いいですよ! じゃあ次に行きましょう。『干し柿 もちも美味しうございました。』の「干し柿」の部分です。ここもあなたが本当に美味しいと思ったものを書くんです」

わたしはしばらく考えた末に言った。「簾山の舞茸」

講師が息を呑むのが聞こえた。「あの・・・・・・幻の!」

「確かに父はそう言ってました」

「野生の舞茸自体、滅多に見かけるものではないが、簾山の舞茸ときたら、それどころでない!」 四反田はメモを取り出した。

「わたしの記録を見ましょう。その風味たるや、ひとたび口に含むやたちまちにして幽玄の境地に達し、あたかも天地の精を飲み込むがごとし、まさに空前絶後の食材というべし、と。しかも、心身を浄め、長寿の効あり、とも。オススメの食べ方は、炭火焼きかグラタンで。おっなんと、バブル絶頂期に銀座の高級料亭で音楽プロデューサーがひとかけら食したという記録があるきりだ。しかも高級外車ほどの値段で!」

「本当に美味しいキノコでしたが、それほど高いものとは! なにしろ、父の実家が簾山の麓にあり、いくらでも採れる場所を昔から知っているのです。もっとも、その場所は父とわたしだけの秘密なのですが」

わたしが話し終える前に四反田は立ち上がっていた。「ああ! そんな大それた秘密をあの世に持っていこうとは、あなたもまったく食えない人だ! さあ、ぐずぐずしている暇はない、行きましょう! 遺書のためには、とことんやる、これがわたしのモットーなんです!」 

そして、その数時間後、わたしたちは簾山山中で遭難しかけていたのである。

2011年7月28日木曜日

遺書教室(4)

「なるほど!」 わたしは感歎した。「こんな遺書が書ければ死んでも悔いはありません!」

「でしょう! さあ、さっそくはじめましょう。まず1行目をあなたなりに書き換えて見せてください」

わたしは紙を見つめた。

「先生、・・・・・・三日とろろとはなんでしょう」

「三日とろろとは福島の風習で、お正月三が日の間にとろろを食べて無事息災を祈るというものです」

「4日目に食べてもよいのでしょうか」

「とろろはいつ食べてもいいかと。ですが、それでは三日とろろとは言えないのでは」

「できました!」

「どれ」

「『父上様母上様 四日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。』」

「四日とろろとは?」

「三日より四日のほうが多いので、こっちの方がいい遺書になるかと・・・・・・」

「いや、ちゃんとあるものを書いてください!」

「では、とろろそばでは?」

「もし、あなたが本当においしいと思ったなら、それでもいいでしょう」

「実はわたし、とろろが苦手で。口が痒くなるんです」

「本当のこと、事実、真実を書いてください! あなたがご両親から食べさせてもらったもので一等おいしかったもの、一番記憶に残っているものを書くのです」

わたしはしばらく考えた。 1年ほど前、両親が上京してきたときに、新宿のラーメン屋に行ったことを思いだした。

「『父上様母上様 ラーメン美味しうございました。』」

「悪くないですよ。ですが、どんなラーメンなんです」

「とんこつです」

「お店のですか」

「ええ、新宿の宮本屋で」

「宮本屋! 知る人ぞ知る隠れた名店! 取材お断りのため、どこを見ても地図が載っていないという!」

「ええ、でも近所なので知ってるんです」

「おお! で、お味の方は?」

「美味しうございました」

「いや、ダメダメ! もっとちゃんと教えてください。スープはどうだったんです。コラーゲンたっぷりで膜ができるほど? それともさらりとしているがミルクのように濃厚?」

「どちらかというと、ミルクですか」

「で、背脂は?」

「ありませんでした」

「いいぞ! 背脂に頼りすぎる店が多すぎるのには辟易してたんだ!」 先生、いつの間にかメモを取り出してぱらぱらめくっている。「で、麺は? メモには富岡製麺から直送と書いてあるが、そんなことはありえないはずなんだ。あそこはもう新規は受け入れないというから」

「そこまではわかりません」 とんだラーメン・マニア。

「こりゃもうじっとしてはいられませんな。さっそく行きましょう!」

「遺書のほうは?」

「良い遺書というものは真実が記されていなければならないのです。それを確証するのが、講師たるわたしの役目です!」

四反田はよだれを拭きながらきっぱりと答えた。

遺書教室(3)

遺書教室は都内にあった。最寄り駅は四谷と九段下だ。 四つ木と九品仏からも行けるが少々歩く。生田からは遠くて全然行かれない。

講師には死神みたいな男を想像していた。だが、現れたのは太った大男で、フウフウいいながらわたしを小さな部屋に招き入れた。そこには小さなデスクと椅子が二脚あるきりだ。

「今日一日おつきあいいただく講師の四反田と申します。講義を始める前に、まず受講料2万円の方を先にお納めいただきたいのですが。前払いというわけで、ま、取り損ねが多いわけなんで」

金を払う前に死なれちゃ困るってか。わたしから金を受け取ると、四反田は講義をはじめた。

「あらかじめ申し上げておきますが、オリジナリティがあって歴史に残るような遺書を書くためには、本校のコースをしっかり受けていただかなければダメです。これだけは強調しておきましょう。ですから、ここでお教えするのは、ま、ほんの遺書のまねごと、というわけで。ところで、以前遺書をお書きになったことはありますか?」

わたしは、友人から酷評を受けた例の遺書を差し出す。

講師一読して「はっ、これは、なんというか。わたしたちに対する挑戦状とでもいいますか」

「やっぱり、ダメですか」

「なかなかこれでは死ねないと申しましょうか。これ自体は万死に値すると思うのですが・・・・・・」

人から死ねといわれて落ち込まない者がいるだろうか。しゅんとしたわたしをみて講師は哀れに思ったらしい。

「でも、これは最悪ではありませんよ! もっとひどいのなんていくらでもあるんです。遺書として鬼への推薦状を書いた者だっています」

「鬼への推薦状!」

「ええ、地獄の鬼に宛てて自分がいかに地獄の鬼にふさわしいか、切々と記した者がいたのです」

「それではもはや遺書とは申せますまい。きっと就職できないのを苦にして自殺したんでしょうな」

「いえ、存命です。諦めたのです、自分は自殺に向いていないと」

これは警告だった。授業に身を入れねば!

「さて、本当に素晴らしい遺書を書くのは難しいと申しましたが、それは遺書が詩であるからです。人が長い年月の修練を経てようやく詩人となるように、遺書を書く人、すなわち遺書人となるのにもそれ相応の努力を払わねばならないのです。ですが、この目まぐるしい現代社会において、そんな悠長なことは言ってられない、早く遺書を書いておさらばしたい、という方がおられるのもまた事実です。わたしたちはこうした傾向に必ずしも賛成する者ではありませんが、それでも時代のニーズに誠実に向き合うのもまた義務であると感じている次第で。ま、そこでこうした方々にお勧めしているのが、歴史上著名な遺書をフォーマットとして利用し、それをパーソナライズすることによって、遺書としての使用に最低限耐えるような作品を仕上げるという、当学校が独自に編み出したメソッドなのです」

なんだ、有名な遺書をパクるのか。

「もちろん、どのような遺書をフォーマットとして選ぶか、そして、どの程度のパーソナライズを施すかによって、難易度はまったく異なります。わたしの見るところ、あなたにはこの遺書がぴったりなようです」

と講師はファイルから紙一枚を抜き出してわたしに手渡した。「これは日本でもっとも有名な遺書のひとつであり、またもっとも心動かすもののひとつです。これをあなたらしく書き換えてみることこそが今日一日の課題なのです」

その紙には次のように記されていた。

****
父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿 もちも美味しうございました。
敏雄兄姉上様 おすし美味しうございました。
勝美兄姉上様 ブドウ酒 リンゴ美味しうございました。
巌兄姉上様 しそめし 南ばんづけ美味しうございました。・・・・・・
****

2011年7月27日水曜日

遺書教室(2)

電話して分かったのは、遺書教室には2年コースしかないということだった。

しかも相当みっちり学ばなくてはならん。こんな具合だ。

****
【1年目〜教養課程】
遺書をめぐる文化を徹底的に学ぶことで、遺書に関する基礎的な教養をしっかり身につける。

《学ぶこと》遺書入門(遺書と遺言の違い)/遺書学原論/遺書史/遺書文化論/遺書批評基礎論/遺書の人類学/世界の遺書研究/日本史遺書研究/IT遺書論/未来の遺書

【2年目〜実践課程】
遺書の書き方を体系的に学び、歴史に残る名遺書を書くための実践力を身につける。学生には卒業制作として実際に遺書を書き、提出してもらう。

《学ぶこと》
遺書の内容・スタイル・書式・長さ/遺書の文字・書体/遺書の素材/遺書の置き場所/緊急時の遺書作成法

【特別コース〜もっと踏み込んで遺書について学びたい方のための特別講座】

遺書の保存法/遺書を用いた復讐法/遺書とスポーツ

【遺書コンシェルジェ・コース〜遺書を仕事に!】
上記課程を全て修了した方のみのための1年間のコース。遺書を用いた企業活性化、遺書関連訴訟事例など、遺書ビジネスのプロのための講座。
****

わたしは噛みついた! 「こんな悠長に構えている暇はないのです。いますぐに、でもなんです」

遺書教室の男は言った。「みなさん、そうおっしゃいますが、結果的には満足してくださいます。みなさん、それぞれこだわりの遺書を片手にわたしたちの教室を旅立っていきます!」

「ですが、通っている間に旅立ってしまったらどうするんです! ろくな遺書一枚書けずに死んでしまったら! それは誰が責任を取ってくれるのですか!」

「講師陣が総力を挙げて、遺書を代筆させていただきます」

「そんなんじゃダメ! ああ、もういい!」 わたしは声を荒げた。「死んでやる、死んでやる! 遺書教室のせいで遺書が書けなかった、と遺書を書いて死んでやる!」

「ああ、ああ、分かりました! 分かりました! わたしが特別にあなたをレッスンしましょう。1日で素敵な遺書が書けるはずですよ!」

「そうこなくっちゃ!」

人間死ぬ気になれば何でもできるもんだ。

2011年7月11日月曜日

遺書教室(1)

自殺しようと思って遺書を書いた。書いたら、これでよいのか不安になった。それで、友人に見てもらおうとメールした。

すぐさま友人から電話がかかってきた。怒っている。ふざけるな、とも言った。早まるな、とも。

「もっとましな遺書書けよ!」

ダメ出しだ。

ちなみにわたしが書いた遺書はこんなだ。

***
自殺のお知らせ

拝啓
梅雨も明け、本格的な夏を迎えましたが、皆様お元気にお過ごしでしょうか。
さて、このたび地獄へ転居いたしました。
お近くにお越しの節にはどうぞお気軽にお立ち寄り下さい。
まずはご挨拶かたがたお知らせ申し上げます。
敬具

頑張ろうニッポン! 復興への祈りを込めて!
***

「これじゃ引越のお知らせじゃねえか。時候の挨拶なんかイラネ」

「失礼があっちゃまずいだろ」

「しかも、復興なんたらってのはなんだ?」

「何をするにつけこの一文さえあれば角が立つまいと思ってネ」

「思ってネ、じゃねえ。お前、これから自殺しようって人間が、失礼だの角が立つのだの気にしてどうすんだ」

全否定。わたしは劣等感を刺激され取り乱す。「もういい! 遺書なんかもう書かない! 遺書なしで死んでやる! 後で遺書が読みたいって言っても知らないぞ!」

「まあまあ、落ち着け。俺がいいとこ教えてやる。遺書の書き方を教えてくれる遺書教室だ」

「それはいい! これで安心して死ねるというもの。じゃあ、メールでURL送って」

「ばか、そんなヤバいとこ、ネットで宣伝してるもんか。裏2ちゃんねるに忍び込んでようやく電話番号だけ見つけたんだ。教えてやる、メモの準備はいいか、東京03」

「東京はいらないよ。03だけで」

「うるさい。03−XXXX-4229。下4桁は覚えやすいぞ。シニニコイ」

2011年7月10日日曜日

ルター三世

俺の名はルター三世。かの名高き宗教者、ルターの孫だ。世界中のビショップが俺に血眼。ところが、これが捕まらないんだなぁ。ま、自分で言うのはなんだけど、狙った贖宥状はかならず破る、神出鬼没の大神学者。それがこの俺、ルター三世だ。

イワン・ダイスキー。俺の相棒。早打ち0.3秒のプロフェッショナル、クールな鞭打ち教徒。そのうえ、義理堅く、頼りになる男。

13代目アリー。いにしえの正統カリフ、アリー・イブン・アビー・ターリブの末裔。暗殺術の達人。なんでもシーア派とスンニー派に真っ二つにしちまう怒らせると怖い男。

日銭聖人。ご存じ、日蓮聖人の子孫。宗門一の腕利き僧侶。俺を折伏するのを生き甲斐とする、俺のもっとも苦手なとっつあんだ。

謎の女、峰不二子。カトリックかプロテスタントか、この俺にも分からない謎の女。いつもひどい目にあうが、憎めないんだなぁ。俺はカワイコちゃんには弱いからねぇ。

さてさて、これら一癖も二癖もある連中に囲まれて、今週はどんな宗教改革を巻き起こしてやろうかな?

2011年7月9日土曜日

無事心中

成功率100%! 噂の心中お助けキットが日本上陸!
その名も「エンドウェル2011 ver. 4.9」 !

恋人と心中をしたい! でも自分が先に死んだのに、相手が逃げたら? ・・・・・・不安!
無理心中を図ろうとして、子どもを殺したが、自分は自殺できず・・・・・・逮捕!

不況に喘ぐこのご時世、心中は今や定番の選択肢となりましたが、意外に多いのがこんな悩みを抱えた方々。でも、もうご安心ください。あなたの心中を後押しする「エンドウェル2011 ver. 4.9」 があれば、死に損、殺し損にもうサヨナラ!

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DVDの画面の指示に従うだけで、いつでも、どこでも、誰でも、誰とでも心中に成功します。

(2)24時間カスタマーサービスであなたの「心中したいキモチ」を徹底サポート!
*サポート期間外の電話相談には料金が発生いたします。

(3)遠距離心中にも対応!
ver.4.9から遠隔地にお住まいのパートナーとの心中も可能になりました。
*ただし、インターネット環境が必要です。

(4)心中ご報告機能!
心中成功後に、お世話になった方々に自動でメールでご報告! これで「今年は喪中につき」のお葉書の手間いらず。

【ご利用者の声】 東京都 佐藤マツコさま(享年45歳)
3人の子どもを抱えてにっちもさっちも行かなくなったわたし。でも心中って難しいんじゃないかと、なかなか踏ん切りが付きませんでした。そんなときに出会ったのがエンドウェル。付属のDVDのお陰で、コンピュータ初心者のわたしにもラクラク操作。後顧の憂いなく無事心中できました! 今では子どもたちと一緒ににあの世でノンキに暮らしています。(霊界電話にて談)

【商品内容】
1)「エンドウェル2011 ver. 4.9」インストールディスク
2)「終わりよければすべてよし!エンドウェル2011チュートリアル」(付属DVD)
3)自殺成功判定センサー(USB2.0ポート対応)
4)コンピュータ制御仕様注射器(USB2.0ポート対応)
5)効き目の強い猛毒

【限定商品のご案内】
みなさまの強いご要望にお応えして、期間限定で「ファミリーパック」をご用意させていただきました。上記商品内容にコンピュータ制御仕様注射器×4とUSBハブ(4ポート)が追加されたお買い得品です。

今なら特典で「効き目のものすごく遅い猛毒」も付きます! 使い方はあなた次第!

2011年7月7日木曜日

日本のみなさんありがとう

日本のみなさん、わたしたちはみなさんの友人として、このメッセージをお送りしています。

3月11日に起きた地震と津波はまことに恐ろしいものでありました! わたしたちはこの大災害で亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げるとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

それにしても運命とはなんと無情なのでしょうか! 運命は大地震の傷を癒すどころか、史上最悪レベルの原子力災害でもって、日本のみなさんに追い打ちをかけたのです。

原子力発電所の爆発により日本中に放射能が撒き散らされたと聞いたとき、わたしたちは非常な衝撃を受けました。そして、日本のみなさんの過酷な運命を思い、慟哭しました。

ですが、みなさんは気高く、強かった。わたしたちの目から見ればまったくの驚異といってもよいほどの忍耐力と勤勉さで、みなさんはこの最悪の事態を乗り越えようとされました。そして、今なお、ホットスポットのただ中で努力し続けていらっしゃいます。

日本のみなさんのその粘り強さに呼応するかのように、世界中である1つの声が聞かれるようになりました。反原発、脱原発を叫ぶその声は、瞬く間に地球上を覆い、いまや各国の原子力発電所を過去の遺物と化そうとしています。そうです、日本のみなさんが原子力という悪魔に懸命に立ち向かうその姿が、世界の歴史を変えたのです。みなさんはその働きを通じて、将来他の国で起こるかもしれなかった原子力事故を消滅させ、あまたの人々の生命を救ったのです。わたしたちは、日本のみなさんに心からの感謝と敬意を捧げます。

わたしたちのメディアのあるものが、福島の原発で決死の覚悟で働く人々を褒め称えて、「FUKUSHIMA50」と呼びました。ですが、日本にいる英雄は50人だけではありません。わたしたちにとっては日本に生きるすべてのみなさんもまた真の英雄なのです! 放射能に汚染された国土の中で決死の覚悟で暮らすみなさんは、そう、「FUKUSHIMA128,056,000」なのです!

福島第1原子力発電所の状況は今なお予断を許しません。日本のみなさんの必死の努力にもかかわらず、最悪の事態が訪れるかもしれません。

ですが、安心してください。日本の友人たちよ!

たとえどんな事態になろうと、わたしたちはあなた方のことを忘れません! 決して決して忘れません! 

あなた方が生きた証しを大切に保存します!

日本のみなさんが育んできた伝統、驚きに満ちた文化、繊細な言語のすべてをできる限り集め、記録し、後世に伝えることを誓います!

たとえ日本のみなさんに不測の出来事が起きようとも、みなさんはわたしたちのアーカイブで、わたしたちのライブラリで、そしてわたしたちの心の中で、永遠に生き続けるのです。

日本のみなさんがわたしたちに与えてくださった偉大な教訓は、それに値します。はるか未来の人類は、かつてこの地球に日本人という素晴らしい民族がいたということをとても誇らしく思うことでしょう!

ですから、日本のみなさん、心安らかに!そして、わたしたちがみなさんにとても感謝しているということを忘れないでください!

ありがとう、日本のみなさん、ありがとう!

抗議文(4)

罪人たちに対する鬼たちの啓発活動はまだまだ続いていました。

先ほどまで罪人を演じていた鬼が、周囲の罪人たちを恐ろしい目つきで睨みながらこのように言いました。

「さあ、みんな、考えてごらん? 劇に出てきたあの愚かな罪人はいったいどうすれば良かったのかな? どうすれば、騙されずに済んだだろうか? ほれ、君、どうだい?」

鬼はひとりの罪人を指名しました。「恥ずかしがることはないぞ! 今はシェアリングの時間だ。どんな発言だってウェルカムだ!」

ですが、罪人は答えることはできません。なぜなら、地獄のガムテで顔中をぐるぐる巻きにされていたからで、くぐもった呻き声を出すの精一杯です。鬼はこの罪人を素早く掴むと、腹のところで真っ二つに切り裂きました。

「じゃあ、そこの君はどう思う? なに、正解なんかない。ひとりひとりが自分の意見を言って、議論することが大事なのだ」

意見を求められた罪人はブルブルと震えながら、自分の口を指し示しました。舌を根こそぎ抜かれていたのでした。鬼はそれを見るやいなや、拳を振り降ろして罪人の頭をペチャンコにしました。

「君!」と次の罪人を指します。ですが、その人は両耳に溶けた鉛をたっぷり注ぎ込まれていたため、なんと言われたのかさっぱりわかりませんでした。すると鬼はその胴体から首を引っこ抜いて、ボールのように遠くに蹴飛ばしました。

鬼たちはこのようにして次々と罪人たちに意見や感想を尋ね、答えられないと見るや無惨に殺していきました。やがて、問いかけすらも省略されるようになり、単に殺戮を繰り広げているのと変わらなくなりました。

あまりのむごたらしさにわたしはめまいすら覚えました。すると彼が次のように語るの聞こえました。

「鬼たちの熱心な取り組みのおかげで、この地獄は数ある地獄の中でもトップクラスに位置しているのだ。これを見るがよい」 そういってわたしにチラシを一枚渡しました。それには次のようなまったく驚くべき事実が列挙されていたのでした。

罪人が選ぶ「怖すぎて思わず生き返ってしまった地獄」 第1位!
僧侶が説く「もっとも檀家を震え上がらせた地獄」 第1位!
冒涜者モデルが薦めるオシャレ地獄 第1位!
新橋のサラリーマンが答えた「上司を落としたい」地獄 第1位!
罪人目線に立ったコダワリ地獄 第1位!
地獄グッドデザイン賞 大賞!
OLが共感する「せつない責苦」のある地獄 第1位!
大人のカップルがときめく「隠れ家的地獄」 第1位!
年間ネット検索数 観光地部門 第1位!
沙汰が金次第でない地獄 第1位!
ベスト責苦アワード 火炙り部門 第1位! 串刺し部門 第1位! 八つ裂き部門 第1位! 
GNP(地獄総凄惨) 世界1位!
モンドセレクション 人肉部門 金賞!

「これだけの地獄を一丸となって作り上げてきたという強烈な自負心があるからこそ、鬼のいない地獄などという虚妄に対しては、鬼たちは徹底的に抗議し、これを排撃するのだ。鬼なくしてなんの地獄ぞ、これが鬼の気概といえよう」

わたしはこの言葉を聞きながらひそかに思いました。「しかし、人間を矯正するのに永遠ほどもの歳月の責め苦でもまだ足りないと考えている鬼どもが、たった一枚の抗議文で人間が考えを改めるなどと思い込むとは、まったく滑稽なことだ。責め苦一筋の責め苦バカなので、きっと常識というものを知らないに違いない」

2011年7月6日水曜日

抗議文(3)

この奇天烈なパンフレットを貪るように読んでいると、彼はわたしに告げました。

「この地獄にやってきた罪人はもれなくこの小冊子を受け取るのだ。これはよりよい地獄を目指す鬼たちの取り組みのひとつに過ぎない。さあ、来るがよい」

彼はわたしを洞窟から連れ出し、今度は大きな広場に導きました。そこでは無数の罪人たちが中央の空き地を取り囲んでいました。罪人たちはみな動くことができませんでした。なぜならあるものは鎖で縛られ、あるものは杭に打ち付けられ、またあるものは地獄特製のチクチクするガムテでがんじがらめにされ、またあるものは悪夢と悪酔いをもたらす麻薬で身動きを封じられていたからでした。

やがて中央の空き地に鬼が一匹と罪人らしき風体の人物が登場しました。罪人は次のように嘆きました。

「ああ、地獄に着くやいなやもらった素敵な小冊子のお陰で、安心して責め苦を受けられるというものじゃて」

すると、鬼が罪人の前に立ちふさがりました。

「罪人さん、これからどこで責め苦を受けようというのだい」

「いや、来たばかりでなんにも分からんのですじゃ」

「そうかい、それなら、おいらに付いておいでよ。チョイトいかした責め苦をやってあげるぜ」

「そりゃ好都合! (ここではっと気がついて)そうそう、鬼さんや、Gカードを見せてはくれんかね」

(鬼、身体をまさぐって)「あれ、お家に置いてきちゃった。罪人さん、後で見せるからさ、おいらに任せなよ。おいらに会ったのも、こりゃ地獄に仏ってヤツだぜ。なにしろ、おいらにかかりゃ、1万年の責め苦も、たった半日で終わっちまうのだからね。つまりだな、半日でこの地獄ともおさらばってわけさ。このチャンスを逃すって手はないぜ」

「そりゃすごい。その責め苦、受けないでいらりょうか。さっそく頼むよ」(と、罪人、裸の尻を鬼に向ける)。

「おっと、ごめんな、タダってわけにはいかないんだ。そうだな(と罪人の尻をしげしげと見る)、これくらいは戴かなくっちゃあ(と計算機の数字を示す)」

「高い!」

「だけど、あんたはこれで1万年得するんだぜ。安いもんさ。さあ、決めるなら今さ。おいらだって暇じゃあないんだ。次の約束だってあるんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれい。支払うとも、支払うとも(と、隠しから大量の小判を取り出し、鬼に渡す)」

「へへ、それじゃあ、責め苦をはじめましょうか」(と、罪人の尻をつねったり、棒で叩いたりする。罪人、あまりの苦痛に呻き声を上げるが、その表情はどこか晴れやかである。)

「さあ、罪人さん、これで責め苦はおしまいさ。おいらはこれで失敬するぜ」

「やあ、鬼さん、で、天国へはどう行けばいいんだい」

「ああ、ここで待っててみな、じきに別の鬼がやってきて連れてってくれるぜ」(と言い捨て鬼去る。罪人一人残される。ウキウキした様子。そこに別の鬼がやってくる。)

「さあ、おいでなすった。(鬼に声をかけて)鬼さん、わたしです、わたしです。さっそく天国に連れてっていただきましょう!」

鬼、じろりと見て「天国だと? 笑わせるない!」

「はて? 責め苦はすべて済んだはずですが?」

「ははーん! さては責め苦詐欺に引っかかりやがったな! この間抜けめ! ウジ虫め! さあ、来い。たっぷり苦しめてやるぞ! なにしろお前にはあと1億を1億倍した年数以上の責め苦が残ってるんだからな!」

鬼がこう叫ぶやいなや、軽妙な音楽が鳴り響き、その愉快な調べに合わせて、鬼たちが歌い出したのでした(罪人はいまやその扮装を剥ぎ取り、鬼の本性をさらけ出していました)。

愛は金で買えるけど
責め苦は金で買えやしねえ No No
愛に終わりはあるけれど
責め苦はいつもエンドレス Yeah
日本に元気を届けたい
世界に誇ろう日本の地獄

Check it out! Gカード!
Watch out! ニセ鬼!
地獄のSaturday Night Fever

このとき彼はわたしに語りかけました。「鬼たちはこのような愉快な寸劇を罪人たちの前で上演することで、詐欺被害防止活動に努めているのだ」

しかし、わたしはといえば、この猿芝居にあきれ果てると同時にすっかり辟易していたのでした!

2011年7月2日土曜日

抗議文(2)

すっかり混乱しているわたしに彼の声が響きました。

「生者どもが手当り次第に自分の迫害者を鬼と呼ぶ流儀についても鬼はかねてから腹に据えかねていたのだ。なにしろ、鬼を名乗れるのは鬼として正式に認定された者だけなのだからな。罪人取扱許可資格および一級責苦技術認定を取得した者のみが、地獄公認鬼として鬼と呼ばれることが許されるのだ。それゆえ、公認を受けずして鬼を名乗る者がいるとすれば、それは、間違いか、とんでもない詐称かのどちらかであり、悪質な場合には厳しく処罰されることになっている」

「そのような公認制度があるということは、鬼を詐称するものがいるということでしょうか?」

「そのとおり。次のようなニセ鬼によるトラブルが多発しており、鬼たちはかねてから憂慮しているのだ。詳しいことを知りたければ、これにざっと目を通すがよい」

といって彼がわたしに渡してくれたのは、『安心して責め苦を受けられるために〜地獄トラブルの実例と対策』と題されたパンフレットでした。その中には次のような事例が掲載されていました。

【ニセ鬼の手口1】
三途の川の到着出口のところで、ニセ鬼が「地獄で責め苦を担当する鬼だ」と正規の鬼のフリをしてだまし、強引に乗せた白タクで罪人を連れ回し、法外な料金を請求する。

《対策》
鬼だと名乗る存在から声をかけられたら、必ず地獄公認の鬼だけが所持している「地獄公認鬼免許証(Gカード)」の提示を求めましょう。

【ニセ鬼の手口2】
地獄を歩いていると鬼を自称する存在に声をかけられ、「今夜はどこそこで特別な責め苦が開催されるから、一緒に見に行こう」と誘われるままについていくと、土産物屋に連れて行かれ、高額な絨毯や壺をムリヤリ買わされる。

《対策》
「アヤしい?」と思ったら、まずGカードの提示を求めましょう。また、地獄での買い物の際は、安心価格と信頼の「鬼オススメ!」ステッカーの貼ってある、鬼推奨店を利用しましょう。

【ニセ鬼の手口3】
「鬼ならば、相場よりかなり安い価格で金棒が買える。わたしがいい店を紹介するから、わたしの名前で大量に金棒を買ってみないか。現世に持って帰って売れば、大金が儲かるぞ」などと、アヤしい取引を持ちかけてくる。うっかり口車に乗せられてクレジットカードで大金を支払ったら後の祭り。手元に残されるのは二束三文にもならないクズの金棒。

《対策》
いの一番にGカードの確認をしましょう。一本一本職人が手作りする鬼の金棒の購入は、専門の鑑定士のいるショップで。

2011年7月1日金曜日

抗議文(1)

その次に彼がわたしを連れてきたのは、地獄の洞穴の中の広大な広間でした。その中央には血糊にまみれた巨大なテーブルが据えられており、それを囲んで見るも恐ろしい風体の鬼たちが喧々囂々と議論しているのでした。

その様子はいかにと申しますと、ひとりの鬼が「ぎゅべどすとかぶる」といえば、もうひとりが「ぶがれていぇうえう」と喚いてテーブルを叩くといった具合で、鬼語を解さないわたしには鬼たちが何を論じているのか皆目見当がつきかねるのでした。

とはいえ、鬼たちがホワイトボードに鬼の文字で何かを書き付け、それを読み上げては訂正すると言った作業を繰り返している、つまり何らかの文章を推敲しているのは容易に見て取れました。

やがて、ついにその文章が完成したようでした。ひとりの鬼が巨大な硯で人間数人を擂りつぶすと、別の鬼がその血の墨に筆を浸けながら、人間の皮をなめして作ったおしゃれな便箋に丁寧に清書しました。文書が封筒に収められると、鬼たちは、一仕事終えた喜びからでしょうか、奇声を上げながら手を打ち鳴らすのでした。

「この性悪な鬼たちはいったい何をしているのでしょうか?」と尋ねると、彼は次のように答えました。

「これらの鬼たちは抗議文を作成していたのだ」

わたしは仰天して叫びました。「抗議文? いったい鬼が抗議文に何の用があるのでしょうか?」

これに対する彼の答えはまことに奇想天外といってよいものでした。

「これらの鬼たちは、大災害や戦争が起こるたびに生者どもが『まるで地獄のよう』とか『あたかも地獄のごとし』、『生き地獄に等しい』などと表現するのに憤慨しているのだ。なぜというに、鬼たちの見解によれば、鬼のいない地獄などありえないのだから。ゆえに、鬼たちは自分たちの尊厳と権利を守るために、鬼がいないのにあえて地獄などと呼ぶのは鬼という職業を軽視したはなはだしい侮蔑であると、生者どもに対して厳重に抗議すべきだと決意したのだ」

「としますと、あそこに集っている鬼たちは、ちょうど鬼の業界団体のようなものなのでしょうか」

「まさしくそうだ」

「鬼たちが自分たちを守ろうとするのはわかります。ですが、生者たちにもそれなりのわけがあるのです。多くの貴重な命が一瞬にしてむごたらしく失われるさまを目にしたら、誰しもこれは地獄だと言わずにおられないのでございます。それに、まったく鬼がいないわけでもないのです。この世を『生き地獄』と語る人々にとって、そのような苦しみを与える人々そのものがあたかも鬼であるかのようなのです」

「ああ!」と彼は憤然として言いました。「それ! それ! それ! 鬼はそれを我慢できないのだ!」

彼の言葉の意味をはかりかね、わたしはただただ唖然とするばかりでした。

2011年6月30日木曜日

SLAVE TO LOVE

NPO法人 奴隷しつけ塾
設立趣旨書

市民が育てる奴隷社会!

【設立の趣旨】
先進諸国の中でも類を見ない速度で進む高齢化の解決の切り札として、奴隷制の導入はかねてより議論されてきましたが、この度の福島の原発事故による電力不足という事態を受け、奴隷による「奴隷力発電」の可能性も大きくクローズアップされてまいりました。

日本人は我慢強く、忍耐を美徳とする民族であり、その大部分を占めるサラリーマンは膨大な奴隷予備軍をなすといっても差し支えありません。また近年世間を賑わしている格差社会もまた奴隷制への期待を高めています。

このような奴隷制への機運・要望が社会的に高まる中、わたしたちは奴隷の育成メソッドの速やかな確立・実践・普及がなによりも急務であると考え、ここに特定非営利活動法人「奴隷しつけ塾」を設立することにいたしました。

日本中に沸き起こる奴隷待望論に応えるべく設立された「奴隷しつけ塾」のミッションは次の3つです。

1)奴隷が奴隷らしく奴隷として奴隷労働に打ち込める社会作り
来るべき高齢化社会において従来の経済発展を維持するためには安価な労働力としての奴隷労働が欠かせません。そのためには日本社会が「奴隷にやさしい社会」に変わる必要があります。

具体的には今後10年間の間に100万人の奴隷を創出します。このうち3割を日本人、7割を外国人が占める予定です。出生率の低下が問題となっておりますが、奴隷として恒常的な欠乏状態に置けば、することがなくて自ずと奴隷の出生率が上昇すると見込まれます。

なお、外国からの日本の経済力に憧れてやってくる外国人の奴隷受け入れや在日コリアンの奴隷化に関しては、日本人の奴隷化よりも厳しい基準を設けるべきだと考えております。

2)クリーン・エネルギーとしての「奴隷力発電」の普及
脱原発が叫ばれる今、もっともエコ・フレンドリーであり、最高にゼロ・エミッションである奴隷による発電を推進します。

奴隷力発電には①奴隷の動力による発電、②奴隷による火力発電との2種があり、まずは①の普及発展を目指し、高齢者の奴隷が増え次第、②を大規模に開始する予定です。

具体的な目標としては、10年以内に数戸に一箇所、奴隷力発電所を設け、太陽発電と併用することにより、電力の安全供給を実現。なお、この奴隷力発電所には、地震や津波対策は一切不要となっているのも魅力となっています。

3)合い言葉は「市民が育てる奴隷社会!」
成熟した日本の市民社会にふさわしく、「官主導」ではなく、市民が主役となって奴隷を育てる「市民主導」の奴隷育成を目指します。

「奴隷しつけ塾」は市民の立場を生かして、奴隷関連NPOの各団体と市民、専門家、奴隷などと幅広いネットワークを形成するとともに、奴隷に関わる諸機関、行政や企業、奴隷商人とも連携しながら、「奴隷しつけに関する情報発信」、および「市民による奴隷しつけのための基盤整備」を進めていきます。

「奴隷しつけ塾」の具体的な活動としては以下のようなものを計画しております。

A)奴隷育成事業
・「奴隷しつけ塾」独自の奴隷育成プログラムの開発
・奴隷のための日本語教育テキスト『はい、マスター!』(初級・中級・上級)の発行
・「奴隷しつけ塾」認定奴隷制度の確立
・冬期ガレー船研修

B)奴隷制に関するアドボカシー活動
・奴隷適性判断チャートの製作
(例)
どちらかというと人の下にいるほうがすき。 YES →奴隷!
マナーや作法、言葉遣いにうるさいほうだ。 YES →奴隷!
ネクタイを締めていると落ち着く。 YES →奴隷!
沈黙は金だと思う。 YES →奴隷!
昔のやんちゃをすぐに自慢してしまう。 YES →奴隷!
行きつけのメイドカフェがある。  YES →奴隷!

C) 奴隷に関する啓発事業
・世界の奴隷あれこれを紹介するパンフレットの制作
・奴隷のための修身読み物の刊行(奴隷労働の休憩時に与えるとよい)
・優良奴隷商人の表彰

D)子ども奴隷しつけ(奴隷の英才教育)
・有名学習塾と提携して、幼児より徹底した奴隷教育を。

E)奴隷オーナーを対象とした相談事業
・サイト「奴隷の困りごとQ&A」の運営
・「奴隷しつけSOSホットライン」設置
・奴隷の懲らしめ方、奴隷の反乱を防ぐコツの伝授
・悪徳奴隷商人詐欺被害相談、奴隷クーリングオフ制度の推進

F)奴隷の販売事業、仲介事業、奴隷マーケットの開発、奴隷の処分請負事業
・特定非営利活動法人事業に係わらないその他の事業として行う。

G)奴隷グッズの製造販売
・足かせ、首かせ、鞭、烙印(アナログもしくはデジタル、GPS追跡機能つき)など。

H)未来の奴隷に関する調査・研究・政策提言・・・・・・「奴隷は捨てるところなし」を実現するために。

以上の活動は、一個人の力では到底実現はできません。趣旨にご賛同いただける市民のみなさまのご協力、奴隷のお前らの徹底服従を切に願っております。小さな一歩、ささやかな想い、ほんのちょっぴりの勇気、わずかな奴隷根性があれば日本はきっと奴隷制社会に変わる/変えられるのです。

携帯位牌

(試験監督)「ちょっと、試験会場には携帯は持ち込み禁止ですよ」

(受験生)「は?」

「携帯電話はここに置いて行ってください。いろいろ問題がありましたのでね。預かり証を渡しますから。電源は切ってくださいね」

「携帯? 違いますよ。これは位牌ですよ」

「いや、どう見ても携帯電話にしか見えませんが」

「位牌ですよ! おばあちゃんの! ぼくの合格を楽しみにしてた矢先に・・・・・・」

「なんであれ、携帯電話の持ち込みは認められません」

「だから、携帯ではなく位牌なんですって! 見てください、携帯がこんな風に立ちますか? 仏壇に置く感じで? この金文字の戒名はどうです? どこに番号があるってんです? ええ? この数字は命日です! わかります? auではなく、namuのほう! ボーダフォンではなく、仏法僧のほう! KDDIではなく、ギャーテーギャーテーのほう! Softbankではなく、卒塔婆のほう!」

「いいえ黒いカバーをつけたiPhone! さあ、渡しなさい!」

「ははーん、ひょっとしてiHigh(アイハーイ)をご存知ない?  新時代の信心を支えるスマート位牌を」

「知りません! 渡すことができなければ試験会場への入場を認めませんよ! 」

(受験生、強行突破を試みる。押し止める試験監督。両者揉み合い。そのとき着信音。試験監督)「うわ、鳴った!」

「はい、もしもし!」

「出た!」

「おばあちゃん? うん、元気。今、試験。試験監督の人が入れてくれないの。うん、うん、ちょっと待って。おばあちゃんが代わってって」

「代わって! (しぶしぶと)はい、代わりました。あのですね、お孫さんがですね、携帯を試験会場に持って入ると言い張ってましてね、これは規則上許可できないというわけで、ええ、なに、『あの世には』、はい、『試験もなんにもない』って、そんな、あ、切った!」

 (試験監督から奪い取って)「ありがとう、おばあちゃん! ぼく頑張るよ! さあ来い! さあ解いてやる!」(と試験会場に入ろうとする)

(立ちふさがって)「絶対ダメ。許可できません」

(受験生、おいおい泣き出す)「ごめんよ! おばあちゃん! おばあちゃん! ごめん! 無駄にしちゃった! おばあちゃんの死! これじゃ犬死にだよ!」 (位牌で自分の頭を叩きはじめる)

「ああ、もう、やめなさい、やめなさい! しかたがない! 特例として認めましょう。ただし、電源を切って机の上に置いたままにしておくこと。それに、絶対手に触れてはダメ!」

「えー、それは困ります。絶対に困ります」

「なんで?」

「だって、それじゃおばあちゃんの知恵袋が使えないでしょ!」

「Babaa!知恵袋!」


【回答受付中の質問】 困っています。
shikenkantokuさん

携帯電話を位牌と言い張る受験生がいて困っています。対処の仕方を教えてくださ・・・・・・

2011年4月4日月曜日

復興の秘策

英語のニュースなどをネットでちらちら見ていると、菅直人首相のことを、Kanではなく、Khanと書いているメディアがたまにある。このKhanを辞書で引いてみると以下のとおり。

【カーン、ハン、汗:中世のタタールモンゴル諸部族の支配者】

てことは、チンギス、フビライ、チャガタイのほう。

もちろん、欧米人にとって(アラブ人にとっても)タタールは野蛮の代名詞。その語感はおそらく今も生きているにちがいない。少なくとも「スタートレックII カーンの逆襲 Star Trek II: The Wrath of Khan」のカーンは独裁者、つまり悪役だ。

ちなみにスタートレックのカーンの写真はウィキペディア(2枚目の写真のほうがいい)で見ることができる。

ところで、この菅首相、欧米メディアでいまいちキャラ立ちしていないとの話。不眠不休の活躍で評判をとった枝野官房長官を「PM Kan」と紹介した新聞もあるとか。

首相といえば国家の顔、これからますます世界各国からの支援が重要となる状況で、首相が目立たないようでは復興もおぼつかない。

そこでわたしは「菅」の公式の英語表記をKANから、欧米でキャラ立ちしているKHANへと変えることを提案したい。

そしてこの変更に合わせて、「イラ菅からキラー・カーンへ!」をコンセプトに菅首相に次のような政策的ファッションで登場していただこうと思う。

1)おどろおどろしいヘアスタイルとメイクで原発を威嚇。

2)肉のこびりついた獣皮でできた防災服を着こなし、大胆に胸はだけて。さらに水牛の頭蓋骨をかぶってヘルメット代わりに(角には血糊をさりげなく)。最小不幸社会は最大ワイルド社会!

3)男根をかたどったアクセでちょっぴりエキゾチックな宗教をアピール。欧米セレブはもう興味津々だ。

4)いつでも生肉(もちろんタルタルソースをまぶして)に齧りついて、世界に向けて食の安全を発信。

ナオト・カーン。

2011年3月31日木曜日

デマのデマ

震災に関する以下のような悪質なデマが流れているようです。全て根拠のないデタラメなのでご注意ください。

*防災服を着ると、国民からのバッシングという災難を防げる。

*野球をすると、みんな元気になる。もしくは巨人が優勝すると景気回復。

*赤ちゃんの格好をしたら、ミネラル・ウォーターを優先的に買うことができた。

*福島原発の放射能に汚染された水の処理のために、自衛隊が生理用品を集めています。

*タービン建屋はターザン山本の子分。

*デマに踊らされるとダイエット効果があるらしい。

*都内の高校生男子の部屋から基準値を超える濃度のAKB48(半減期なし)が検出された。

*ポール・マッカートニーは死亡していた。

*東日本大震災は国難。

*日本は強い国。

2011年3月28日月曜日

尻滅裂

「尻拭かないで」都内で市民アピール

被災地へ支援物資が十分に行き渡らない現状を踏まえて、不要な買い占めによる物不足を懸念する市民が27日、トイレットペーパーの使用を控えるよう都内で訴えた。

「トイレットペーパーをはじめとする物資不足に苦しむ被災者の方々のために何か行動を起こしたかった」と呼びかけ人の神林洋子さんは語る。彼女自身、震災のあった11日以降、尻は拭いておらず、ひりっぱなしの状態が続くが「慣れればかえって快適」とさばさばした表情。

呼びかけは簡易投稿サイトのツイッターなどを通じて広がり、現在では多くの賛同者がキャンペーンに加わる。首都圏で水道水から乳児の摂取基準値を超える放射線量が測定されてからは「汚染されるなら糞のほうがまし」と水洗いすら控える人々が増えた。それでも「病みつきになった」「臭いが癖になった」「ご飯のおかずに最適」と好評だ。

ネット社会と市民運動に詳しい評論家の大石良夫さんは「臭いはだれにも見えないけれど、臭いフェチは見える。お尻は見せないけれど、お尻の穴はだれにでも見せる。そんな新しい価値観がネットを通じて共有されつつあるのでは」と驚きを隠せない。

一方、政府は市民のこうした動きを受け、「冷静な対応を」と呼びかけた。

(写真)「日本人の肛門は強い」と横断幕を掲げて訴える市民

2011年3月25日金曜日

アイムナスティ・インターナショナル

悪ふざけの世界的な促進を目指す国際非政府組織、アイムナスティ・インターナショナル(Imnasty International)が25日、声明を発表し、日本国内で悪ふざけを続ける50人を英雄として扱うように日本政府に要求した。

声明文では、震災後、自らの危険も顧みず国民感情を逆撫でする悪ふざけを繰り返す50人の日本人を「フクシマ50に比肩すべき」英雄と称え、政府はその活動を積極的に支援すべきだとしている。

「英雄」の一人として名前を挙げられた渋原漏吉さんは、「水や食料の買い占めよりも顰蹙の買い占めを、という主張にお墨付きを頂いた」と語り、日本国内の悪ふざけの広まりに期待を滲ませる。

同団体の声明文を受けて、管直人首相は、全国の使用されていない座敷牢を最低50確保するよう、関係各庁に指示を出した。

(写真) 頭から白い煙を出したり、冷や水を被ったりして悪ふざけする「英雄」たち(都内にて)。

2011年3月23日水曜日

不謹慎

日不ネット、避難所を要請、政府一蹴

全国の不謹慎な人々で作る日本不謹慎ネットワーク(金玉垂助事務局長)は22日、東日本大震災による悲しみに沈む日本国民の感情を不謹慎な人々がいちじるしく傷つけ、逆撫でするおそれが高まったとして、不謹慎な人々が一時的に退避できる避難所を各都道府県に設置するよう政府に求めた。

要請文では「不謹慎なことをしたり言ったりする不謹慎な市民を政府は守る義務がある」とふてぶてしくも主張。しかし、政府は要請文の受け取りを拒否、不謹慎な要請は無視された格好だ。

これに対し日不ネット側は「わたしたちはどこで不謹慎なことをすればよいのか」と憤りを隠さない。

一方、全国怠惰な市民の会(全怠会)も、被災地への支援活動と復興協力からの避難所の設置を求める要望書を同日、政府に提出する予定であったが、事情により今回は見送る事態となった。

(写真)「今日も夕方まで寝てしまった」と肩を落とす全怠会代表。

2011年2月28日月曜日

誤解

わたしの母は、若い頃、キリスト教会に通っていたことがあるというが、受洗したかどうかまでは知らない。わたしの父は基本的には無信仰だと思うが、法要などは尊重している。

15年ほど前、南インドに行った時の話。わたしはゴム農園を訪問し、どうやってゴムが採れるのかなどを見せてもらった。見物の後、農場主の家にお邪魔して、冷たいジュースとお菓子をご馳走になった。

農場は観光地から離れたところにあり、外国人がやってくるのは珍しいことに違いなかった。それで、農場主はわたしに日本のことをいろいろと尋ねてきた。わたしは日本の気候や暮らしについて説明した。

「君の宗教は何かね」

「ああ、ぼくは無宗教です」

「では、君の両親はどうだね」

わたしは親の宗教のことなど考えたこともなかったので、適当に答えた。

「父は仏教徒、母はキリスト教徒です」

農場主はこれを聞くと目を丸くして言った。

「なんと! 異カースト間結婚(inter-caste marriage)なのかね!」 

2011年2月18日金曜日

新刊案内

架空の書物の書評集『完全な真空』(レム)から40年。

ボルヘス、エーコらの存在しない書物の物語、虚構の都市の報告『見えない都市』(カルヴィーノ) を凌ぐメタフィクションの傑作、ここに誕生。

その名も『汚物の世界史』。

存在しない架空のウンコについての物語!

《内容紹介》ーーーーーーーーーーーーー

世界創造の時から神の腸内に留まり続ける宿便とその栄光について。

エデンの園のリンゴを食べた後、アダムとイブがひった軟便の比較(付・ウンコに原罪はあるかどうかの神学的議論)。

トリケラトプスのモツ煮込みをタラフク食った後に排出されるクソとその中に含まれる奇怪な回虫について。

悪魔の屎は果たして悪魔か?

本能寺の変を生き延びた織田信長が最初にしたウンコ。

無限の図書館のあちこちで落ちているウンコ。

ウンコが見た夢とその夢の中で見られたウンコ。

人間の想念を読み取り自在に形を変えるウンコ。

自ずと文字の形をとり主張するウンコ。

永遠に拭うことのできない罪の記憶とウンコ。

時の流れも押し流すことのできない愛の痕跡とウンコ。

人造人間たちの憧れの的となったウンコ。

排泄の必要から解放された未来社会で厳重に保管されるウンコ。

人類最後のウンコとその宇宙史的位置づけ。

弥勒仏が救済時に漏らしたウンコ。

終章—ウロボロスのウンコ・・・・・・ウンコの円環が閉じるとき。

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内容見本(本物のウンコつき)贈呈いたします。

2011年2月17日木曜日

ロックンロール・ファンタジー

おそらくあの控え目な「君が代」にパワー・リフと麻薬のように病み付きになるサビを与えることができたなら、日本の状況は一変するにちがいない。

強制せずとも口をつくメロディ、自然発生的なヘビー・ローテーション、年中無休24時間営業のコンビニ・ループは、愛国心の育みに決定的な作用をもたらすはずなのだ。となると、同胞愛はもはや学校で養う必要はない。いまやカラオケ・ボックスこそがその役目を担うこととなる。切ない愛、人生への励まし、そして国家への忠誠! カラオケ・ボックスにはそのすべてが備わるのだ。

新時代の国民精神は、熱唱、合唱、絶叫、酩酊、ポテトチップス、サワー各種一〇〇円(昼間のみ)、破廉恥なおふざけ、乳くりあい、王様ゲームの中から産声を上げるのだ。分厚い歌本こそ新しい教科書だ。躍起になって作る必要なんかない。なにしろ、あれほど熱心に人々が読む本はない、とんでもない集中力だ、耳に向かってどんなにガナリたてていようと夢中でページを繰っている、きっと銃弾雨あられの中でも血眼で次の曲を探すことだろう。国民は徹底的に鍛えられるのだ。

おお、カラオケ・ボックスこそ新たな靖国。合祀反対でも合唱大賛成! A級だのB級だのに目くじらたてる輩も、AメロBメロにはもうメロメロ! そんな予想だにせぬ国家的転調も、国歌の節をキャッチーにポップにメロウにノリノリにダンサブルに変えるだけで可能になる。そして徹底的なリミックス、根本的なリエディット、最新鋭のリマスター、包括的なサンプリング、あらゆる状況に対応した無数のヴァージョン戦略が、「君が代」を空前絶後史上最強のキラーチューンに仕立て上げる。KIMIGAYO feat. Teng Know Hey Crew! 

日本は並みいる列強どもを押さえてヒットチャートを上り詰めることだろう。全地球上を唖然とさせる赤丸急上昇。アメリカと中国を瞬く間に引きずり下ろすのだ。そう、ジャパン・アズ・今週も来週もその次も、永遠に第一位! ヒットパレードはまだまだ終わらない。

2011年1月31日月曜日

論語のもっと新しい読み方

昔、ある牧師曰く。

「わたしは60歳になりましたが、60歳というと、孔子がこんなことを言っているんですね。『六十にして耳従う』と。耳従うとは、多分、相手の話をよく聞けるようになるとか、相手の忠告をわだかまりなく受け入れることができる、というような意味ではないかと思うのですが、孔子がこんなことを言う、というのは、多分、自分がそうしたことができないことがままあるので、そうしなくちゃいけないなあ、という自戒を込めてですね、語ったと思うんですね。

「孔子ほどの聖人が、そんな自戒をするのですから、わたしのような凡人が、相手の話をよく聞くなんてできっこないんですね。そんな偉い人ができないんだから、自分が無理して相手の話なんか聞こうとするのは無駄というか、むしろ、そんな無理はするな、っていっているような気がしまして、つまり、逆に、相手の話なんか聞くもんじゃない、っていう意味で孔子は言っていたんじゃないかな、と思いまして。他人の忠告なんか聞かずに自由に生きよう、って考えると、励まされたというか、60になってますます人生楽しくなったという次第で」

そりゃ楽しくなるだろ。

教育の現場から

大村、前に出ろ。先生は、君に言いたいことがある。

今日、宮崎と内藤が先生のところにきて、君が川口に言ったことを教えてくれたぞ。

二人は君が川口に「お前なんか死んだほうがましだ」「お前なんか生まれないほうがましだ」と言っているのを聞いたというのだ。おい、大村、これは本当のことなのか。

「はいっ」

そうか。ならば、先生に教えてくれないか。君は、川口に対して「お前なんか死んだほうがましだ」と言ったのか? それとも「お前なんか生まれないほうがましだ」と言ったのか? それともその両方を言ったのか?

「両方ですっ」

先生はそれを聞いてとっても残念で悲しい気持ちになったぞ。いや、悔しい! そして、教育者として、この許し難い過ちを子どもに犯させてしまった自分が憎い!

大村、よく聞くがいい。「お前なんか死んだほうがましだ」と「お前なんか生まれないほうがましだ」とはまったく別物なのだ! この2つを一緒くたにするなど、トンでもない!

死んだほうがましなヤツとはな、そいつの人生をつぶさに調べた結果、これは生きるよりも死んだほうがよろしい、と思わせるようなヤツなのだ。

だが、生まれないほうがましなヤツときたら! もう全然ダメ! 生きることも、それどころか死ぬことも全然許されないようなヤツなのだ。死んだほうがましなヤツには、少なくとも死んだほうがましという結論に至るまで生きることが許されていた。ところが生まれないほうがましなヤツは、もう完全なる否定! そもそもからして失敗!

なのに、大村、君はこの2つをまったく区別しなかった。先生はそれが残念でならない!

「先生、わかりましたっ」

なら聞こう! 君は今、川口のことをどう思うかね? 川口、ちょっと来て前に立ちなさい。さあ、大村、よく見るんだ。川口は「死んだほうがまし」なのか? 「生まれないほうがまし」なのか?

「生まれないほうがまし、ですっ」

先生もそう思う! 今日のホームルームはこれで終了!

2011年1月27日木曜日

推理

高校を卒業して1年ぐらい経った頃の話。

わたしの同級生のひとり、Yが、別の同級生、Hに木更津の街角で偶然出会った。「おお、久しぶり、何してる?」などと言葉を交わしながら、YはHの額が若干広がっているのを心に留めた。

半年ほどして、Yは再びHに、今度は千葉のあたりで思いがけなく出くわした。東京の大学に通うYは「奇遇だねえ」と学生気分まる出しだ。「何してんの、こんなとこで」「まったく!」などと意外な再会を面白がって二人は別れたのだが、YはHの額がさらに後退しているのに気がつかずにはいられない。

そんな話を別の同級生にしたら、そいつもこの間、思わぬところでHと鉢合わせしたと話す。Yはしばらく考えた後、「Hがハゲるのは、俺たちに偶然会うことが多すぎて、ビックリするからではないだろうか?」と推理してみせた。

2011年1月25日火曜日

地獄史観

その次にわたしが連れて行かれた地獄では、それまで以上に凄惨な責め苦が繰り広げられておりました。わたしはあまりの残虐さに内蔵に変調をきたし、ひどい下痢に見舞われたどころか、小便をすべきところから脱糞してしまったほどでした。

「おお、ここは何の地獄なでしょうか。わたしはここ以上に恐ろしいところはまったく知りません!」

すると彼は答えました。

「これらは生前、反日思想と自虐史観を徹底的に批判し、誇りに満ちた日本のための歴史教育とやらを提唱していた者どもである」

「なんと、わたしは歴史教育のことはとんと分かりませんが、行いの善悪のみならず思想信条によっても地獄に落とされることがあるとはなんとも恐ろしいことです!」

彼は呵々大笑して次のように言ってわたしの誤解を解いてくれたのでした。

「ああ、これらの愛国者たちにはむしろ鬼として活躍してもらっているのだ! 人間界における犯罪の増加、モラルの低下、モンスターペアレンツの跋扈、ネットの掲示板の発明などにより、地獄に堕ちるものの数が急増し、鬼の数が足らなくなっているため、これらの毅然とした人々を臨時雇いとしている次第なのだ。なにせ、自虐を憎むことにかけては鬼以上という連中なのでな!」

「なるほど、まさにこれらの凛とした人々以上に他虐にうってつけの人々はそうは見つからないでしょう!」

まさにそのとき、臨時雇いの鬼のひとりが、罪人の性器を立派な歴史教科書でめった打ちにしているところでした。

「ところで、この汚らわしい罪人どもはどのような罪を犯したのでしょうか?」

「ここの地獄に落とされたものは、みな、生前、良家の子女の前で、自らの猥褻なる箇所を陳列した外道である。地獄では、その罪人に似た傾向を持つ者が責め苦を担当する仕組みになっておるのだ!」

その鬼は罪人の性器を歴史教科書でバチンと挟んだり、しおりのヒモできつく縛り上げたりしていました。

「これを適材適所といわずしてなんといいましょうか!」 わたしは在世中には居場所のなかったこれらの人々が、死後生き生きと働いているのを見て、大いに励まされたのでした。