2010年7月30日金曜日

愛を国す

おお、あの美しい国旗が壇上に掲げられるやいなや、ぼくはほかのどの生徒よりも早く起立した!

誰よりも胸を張り、背筋をピンと伸ばし! ぼくは優越感とともに愛国心に足りぬ同級生たちを見下ろす。だが、あいつはなんとしたことだ! 俺より首が伸びてやがる!

ぼくは負けじと首を伸ばす。頸椎が破壊されるその極みで踏みとどまり、ライバルをチラ見すると、なんとあいつめ、つま先立ちになった、体が異様に細くなった、頭蓋骨が平たくなった!

こうなりゃ奥の手だ。宙に浮かんでやった。起立の最上級というわけだ! するとあいつまでも、爪楊枝のようになったあのきざな野郎までも、浮遊しだしたではないか。

ついにおっ始まった。どちらが国を愛しているかの、最終決戦が、全校生徒の頭の上で。

ああ、だが、そのとき、愚かな争いにうつつを抜かすぼくらを尻目に、ぼくらの担任、心の先生、愛国心では誰ひとり並ぶもののいないあの尊敬すべき吉田先生は、体育館の床に頭までズッポリめり込んでいた・・・・・・。

2010年7月19日月曜日

ボヴァリー夫人

「ボヴァリー夫人は私だ」というのはフローベールの有名な言葉だが、批評家たちはこの言葉を珍重するいっぽう、作家がその後に続けて語った「オメー氏はお前だ」については故意に沈黙を守っているようにみえる。

2010年7月12日月曜日

夢と時間(2)

彼が私を連れてきた場所は、あたかも新宿駅のホームのようなところでした。ホームに引かれた白線沿いに男たちが一定の間隔で並ばされており、これらの男たちが少しでも線を越えようとすると、どこからともなく「白線の内側までお下がりください」と鋭い叱責の声が鳴り響くのでした。

やがて電車がやってきました。 その電車の先頭にはある数字が刻印されているのに私は気がつきました。

電車が停車すると、男たちは乗り込みました。その車両はちょうど男たちの数だけあり、つまり、一車両にひとりが乗ることとなったのでした。

各車両にはそれぞれ7匹の鬼どもがすでに乗車しており、男がやってくると即座に取り囲みました。それらの車両には、「鬼専用車両」と記されていました。

愚かな男は喜々としながらさっそく周囲の鬼たちの尻を触りはじめました。しかし、その邪悪な手が鬼たちの丸い臀部に触れるや否や、男は苦悶の叫びを上げました。男は絶叫しながら手を離します。ですが、すぐにまた別の尻をまさぐりはじめ、再び苦痛にのたうちまわるのでした。

というのも、鬼の尻はそれ自体が責苦の道具となっていたのです。

第一の鬼の尻には1万ボルトの高圧電流が流れていました。

第二の鬼の尻には、トリカブトの1億倍の猛毒が塗られていました。

第三の鬼の尻は鋭いガラスの破片が無数に埋め込まれており、触っただけで手がちぎれました。

第四の鬼の尻からは強烈な幻覚剤が分泌されており、ほんのわずかな分量で100年分の悪夢にうなされました。

第五の鬼の尻には針のような剛毛がびっしり生えており、触っただけで手が穴だらけとなりました。

第六の鬼の尻からは、ひと嗅ぎで鼻の全細胞を1万回も悶絶死させるに足る最悪の匂いが検出されました。

第七の鬼の尻は、第二の鬼の尻と第五の鬼の尻を合わせたよりもずっと強い苦痛をもたらしました。

男はどんなにひどい目にあおうとも、このすべての尻を何度も繰り返し触らずにはいられないのでした。やがて発射ベルが鳴り、ドアが閉まりました。そして電車は発車し、永遠にやって来ない次の停車駅に向かって旅立っていきました。

わたしは男たちが味わう永遠の業苦を思いながら叫びました。

「おお、これらの男たちはなんと愚かなのでしょうか。苦痛が待ち受けていると知りながら、お尻に手を伸ばすことをやめないとは!」

すると彼はわたしに次のようにいいました。

「痴漢は尻を裏切らない、尻も痴漢を裏切ってはならない。これはまことに真実である」

わたしはこの恐るべき言葉を聞いて、とんでもない訴訟に巻き込まれはしないか怖れました。

*ここに知恵が必要である。賢い人は、電車の数字にどのような意味があるかを考えるがよい。そして、その数字は999である。

2010年7月6日火曜日

夢と時間(1)

さらにその後、わたしが目にした光景は、残虐であると同時にまったく奇々怪々なものなのでした。

巨大な毛虫が無数に蠢く中、両手を高々と掲げた裸の男たちが立ちすくんでおりました。毛虫たちは奇怪な叫び声を上げながら、男たちの足を這い上がり、ついには腰の辺りにまで達します。すると耐えきれなくなった男たちは手を下ろして、虫たちを払いのけようとするのですが、鬼たちが素早くやってきて、鬼が独自に強化した竹刀で腕や脇腹を激しく叩くのです。男たちは苦悶の叫びを上げながら、再び手を挙げざるをえないのでした。

つまり、男たちは手を下ろすことが許されないのであり、このようにして彼らは邪悪な毛虫に覆い尽くされ、少しずつ齧りとられ、最後には掲げられた手のみが残されるという案配なのでした。

「バンザイをしただけでこのような罰にあうとは恐ろしいことだ」とわたしが思うと、それを見透かしたかのように彼がいいました。

「これらの男たちは『満員電車では両手を上げています』などと言って、迷惑顔と被害者面を足して2で割ったようなご面相をしてみせたため、このような責苦を定められたのである」

「なるほど、痴漢を責めるどころか、被害に遭った女性を莫迦にするこうした連中の浅ましさといったら、まったく野方図きわまりないと申せましょう。ですが、かたやこうした男たちに罰を与えるいっぽう、痴漢たちを見逃したのでは、地獄の鬼とて女性に顔向けできるとは思わないのですが」

彼はわたしのこの言葉を聞くといった。

「では、来るがよい」