2011年8月31日水曜日

荒唐無稽文化遺産

ハラキリを無形文化遺産に 文化庁 来年の申請目指す

文化庁は日本の伝統的自決方法である切腹を国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産として登録申請を行う方針を明らかにした。

登録に向けた準備として、有識者や切腹経験者による推進委員会が来月早々にも組織される。同委員会では、切腹の歴史、作法などを取りまとめ、日本独特のハラキリの美を世界にアピールする予定だ。

今回の決定に切腹関係者は一様に喜びを隠せない。

切腹に関する啓蒙活動で知られる高田徳治さんは「新渡戸稲造がすでに指摘しているように、切腹は日本の誇るべき文化であり今回の登録申請の動きは遅すぎるぐらい。これをきっかけに小学校でも愛国心とともに切腹の作法も教えられるようになれば」と期待をかける。

また切腹の無形文化遺産登録を長年訴えてきたNPO法人報国忠誠会の原田太刀夫総帥も「登録申請時には本場のハラキリをユネスコのみなさんに是非ともご披露したい」と意気込みを語り、早くもヒートアップ気味だ。 

文化庁は日本料理の無形文化遺産登録を目指すなど国家戦略として日本のブランド力向上を推進している。

(写真)介錯はお・ま・か・せ!=切腹の作法を学ぶ子どもたち(高田徳治さん提供)

『存在と反省』

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★★★★★ ポストポストモダンの『方法序説』 2011/8/31
By 生涯一哲学徒 レビュー対象商品:存在と反省 (フランス新思想叢書) (ハードカバー)

現代フランス思想の最前線に立つ哲学者、ジャック・バラン氏の主著の待望の翻訳。主体の危機の時代にあって、新たな主体の確立を目論む著者は、その特異な主体論の基礎に「反省」を据える。しかし、その「反省」がカルテシアン流認識論の上に立つものではなく、多分にエシカルなものとして構想されているのが、氏の新味といえる。

日本の読者にとって興味深いのは、ここで哲学者がこの倫理的なréflexion を論ずるのに、日本語の「懲りる」を引き合いに出していることだ。日本で教鞭をとったことのある氏らしい議論の展開であるが、氏はこの「懲りること」こそが「大国が小国を破滅させる戦争と災厄の時代」を繰り返さないための新たな主体の「決意」なのであると訴える。そして、氏がデカルトに倣って行う次のような主体定義は、本書の白眉とも言える。「Coriro, ergo sum(我懲りる、ゆえに我あり)」 。

しかしながら、「反省」一辺倒では前には進まないのはもちろんのこと。本書の後半の議論は、この「懲りる」という認識論的手続きを経て、いかに新たな主体を生成していくかということに費やされる。氏は「懲りること」ことの対義語は「懲りないこと」ではない、それは「懲りることから癒されること」であると喝破する。これは端的にいえば、主体とは「懲りること」と「癒されること」との絶えざる弁証法的緊張関係においてのみ存在しうるということであるが、同時にこの緊張関係を維持する装置が担保されていなくてはならない。ここで哲学者はジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの「機械」概念を援用しつつ結論に到達する。新たな主体の確立には「懲りを癒す機械」が必要なのだ、と。

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