2010年9月3日金曜日

遺族屋

その男はわたしの目の前に突然立ちふさがり、こういった。

「遺族はいかがですか? あなた亡き後、あなたのために遺族となってくれる者は?」

「ああ、ぼくはあいにく死ぬ予定はないですし、たとえ死んだとしても、家族持ちなので間に合っています」

「なんと、あなたはご自分の家族を遺族とおっしゃる。残念ながらそれは大きな見込み違い。あなたの家族はせいぜいがとこ、数粒の涙とともにあなたの汚らしい骨を壺に突っ込んで、墓の下に投げ入れるのが関の山。それであなたはおしまい、というわけです。ま、体のよいお払い箱です。ですが、このわたしにお任せ下されば、このわたしを遺族として下されば、おお、あなたは永遠に生き続けます。

わたしはあなたの死から、未完のプロジェクトを、壮大な見果てぬ夢を引き出して見せましょう。あなたのあまりある無念をひっさげて、世間に訴えかけましょう。静かな共感の輪を広げて見せましょう。遺族会を結成してみせます、支援者の集いを開催します。あなたときたら死せる孔明さながらです。

あなたの死によって、法律を変えてみせましょう。あなたの死によって社会を改良してみせましょう。あなたは歴史の本でこんな文句に出くわしたことはありませんか? 『だれそれの死をきっかけに、運動が盛り上がり、ついには政府を動かした』と。 そう、次はあなたの番です。もしもわたしを遺族にお選び下されば、あなたの名前が歴史に刻まれるのです!

わたしは決してあなたの死を無駄にはしません。これが遺族として、わたしができる最良のお約束です! さあ、いかがでしょう。こんな機会は滅多にあるものではありません。今すぐ、わたしを遺族として任命して下さい。わたしをあなたの生命保険の受取人にするだけの簡単手続き! さ、署名とはんこを! 後は心安らかに死んでください!」

0 件のコメント:

コメントを投稿