2011年7月7日木曜日

抗議文(4)

罪人たちに対する鬼たちの啓発活動はまだまだ続いていました。

先ほどまで罪人を演じていた鬼が、周囲の罪人たちを恐ろしい目つきで睨みながらこのように言いました。

「さあ、みんな、考えてごらん? 劇に出てきたあの愚かな罪人はいったいどうすれば良かったのかな? どうすれば、騙されずに済んだだろうか? ほれ、君、どうだい?」

鬼はひとりの罪人を指名しました。「恥ずかしがることはないぞ! 今はシェアリングの時間だ。どんな発言だってウェルカムだ!」

ですが、罪人は答えることはできません。なぜなら、地獄のガムテで顔中をぐるぐる巻きにされていたからで、くぐもった呻き声を出すの精一杯です。鬼はこの罪人を素早く掴むと、腹のところで真っ二つに切り裂きました。

「じゃあ、そこの君はどう思う? なに、正解なんかない。ひとりひとりが自分の意見を言って、議論することが大事なのだ」

意見を求められた罪人はブルブルと震えながら、自分の口を指し示しました。舌を根こそぎ抜かれていたのでした。鬼はそれを見るやいなや、拳を振り降ろして罪人の頭をペチャンコにしました。

「君!」と次の罪人を指します。ですが、その人は両耳に溶けた鉛をたっぷり注ぎ込まれていたため、なんと言われたのかさっぱりわかりませんでした。すると鬼はその胴体から首を引っこ抜いて、ボールのように遠くに蹴飛ばしました。

鬼たちはこのようにして次々と罪人たちに意見や感想を尋ね、答えられないと見るや無惨に殺していきました。やがて、問いかけすらも省略されるようになり、単に殺戮を繰り広げているのと変わらなくなりました。

あまりのむごたらしさにわたしはめまいすら覚えました。すると彼が次のように語るの聞こえました。

「鬼たちの熱心な取り組みのおかげで、この地獄は数ある地獄の中でもトップクラスに位置しているのだ。これを見るがよい」 そういってわたしにチラシを一枚渡しました。それには次のようなまったく驚くべき事実が列挙されていたのでした。

罪人が選ぶ「怖すぎて思わず生き返ってしまった地獄」 第1位!
僧侶が説く「もっとも檀家を震え上がらせた地獄」 第1位!
冒涜者モデルが薦めるオシャレ地獄 第1位!
新橋のサラリーマンが答えた「上司を落としたい」地獄 第1位!
罪人目線に立ったコダワリ地獄 第1位!
地獄グッドデザイン賞 大賞!
OLが共感する「せつない責苦」のある地獄 第1位!
大人のカップルがときめく「隠れ家的地獄」 第1位!
年間ネット検索数 観光地部門 第1位!
沙汰が金次第でない地獄 第1位!
ベスト責苦アワード 火炙り部門 第1位! 串刺し部門 第1位! 八つ裂き部門 第1位! 
GNP(地獄総凄惨) 世界1位!
モンドセレクション 人肉部門 金賞!

「これだけの地獄を一丸となって作り上げてきたという強烈な自負心があるからこそ、鬼のいない地獄などという虚妄に対しては、鬼たちは徹底的に抗議し、これを排撃するのだ。鬼なくしてなんの地獄ぞ、これが鬼の気概といえよう」

わたしはこの言葉を聞きながらひそかに思いました。「しかし、人間を矯正するのに永遠ほどもの歳月の責め苦でもまだ足りないと考えている鬼どもが、たった一枚の抗議文で人間が考えを改めるなどと思い込むとは、まったく滑稽なことだ。責め苦一筋の責め苦バカなので、きっと常識というものを知らないに違いない」

2011年7月6日水曜日

抗議文(3)

この奇天烈なパンフレットを貪るように読んでいると、彼はわたしに告げました。

「この地獄にやってきた罪人はもれなくこの小冊子を受け取るのだ。これはよりよい地獄を目指す鬼たちの取り組みのひとつに過ぎない。さあ、来るがよい」

彼はわたしを洞窟から連れ出し、今度は大きな広場に導きました。そこでは無数の罪人たちが中央の空き地を取り囲んでいました。罪人たちはみな動くことができませんでした。なぜならあるものは鎖で縛られ、あるものは杭に打ち付けられ、またあるものは地獄特製のチクチクするガムテでがんじがらめにされ、またあるものは悪夢と悪酔いをもたらす麻薬で身動きを封じられていたからでした。

やがて中央の空き地に鬼が一匹と罪人らしき風体の人物が登場しました。罪人は次のように嘆きました。

「ああ、地獄に着くやいなやもらった素敵な小冊子のお陰で、安心して責め苦を受けられるというものじゃて」

すると、鬼が罪人の前に立ちふさがりました。

「罪人さん、これからどこで責め苦を受けようというのだい」

「いや、来たばかりでなんにも分からんのですじゃ」

「そうかい、それなら、おいらに付いておいでよ。チョイトいかした責め苦をやってあげるぜ」

「そりゃ好都合! (ここではっと気がついて)そうそう、鬼さんや、Gカードを見せてはくれんかね」

(鬼、身体をまさぐって)「あれ、お家に置いてきちゃった。罪人さん、後で見せるからさ、おいらに任せなよ。おいらに会ったのも、こりゃ地獄に仏ってヤツだぜ。なにしろ、おいらにかかりゃ、1万年の責め苦も、たった半日で終わっちまうのだからね。つまりだな、半日でこの地獄ともおさらばってわけさ。このチャンスを逃すって手はないぜ」

「そりゃすごい。その責め苦、受けないでいらりょうか。さっそく頼むよ」(と、罪人、裸の尻を鬼に向ける)。

「おっと、ごめんな、タダってわけにはいかないんだ。そうだな(と罪人の尻をしげしげと見る)、これくらいは戴かなくっちゃあ(と計算機の数字を示す)」

「高い!」

「だけど、あんたはこれで1万年得するんだぜ。安いもんさ。さあ、決めるなら今さ。おいらだって暇じゃあないんだ。次の約束だってあるんだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれい。支払うとも、支払うとも(と、隠しから大量の小判を取り出し、鬼に渡す)」

「へへ、それじゃあ、責め苦をはじめましょうか」(と、罪人の尻をつねったり、棒で叩いたりする。罪人、あまりの苦痛に呻き声を上げるが、その表情はどこか晴れやかである。)

「さあ、罪人さん、これで責め苦はおしまいさ。おいらはこれで失敬するぜ」

「やあ、鬼さん、で、天国へはどう行けばいいんだい」

「ああ、ここで待っててみな、じきに別の鬼がやってきて連れてってくれるぜ」(と言い捨て鬼去る。罪人一人残される。ウキウキした様子。そこに別の鬼がやってくる。)

「さあ、おいでなすった。(鬼に声をかけて)鬼さん、わたしです、わたしです。さっそく天国に連れてっていただきましょう!」

鬼、じろりと見て「天国だと? 笑わせるない!」

「はて? 責め苦はすべて済んだはずですが?」

「ははーん! さては責め苦詐欺に引っかかりやがったな! この間抜けめ! ウジ虫め! さあ、来い。たっぷり苦しめてやるぞ! なにしろお前にはあと1億を1億倍した年数以上の責め苦が残ってるんだからな!」

鬼がこう叫ぶやいなや、軽妙な音楽が鳴り響き、その愉快な調べに合わせて、鬼たちが歌い出したのでした(罪人はいまやその扮装を剥ぎ取り、鬼の本性をさらけ出していました)。

愛は金で買えるけど
責め苦は金で買えやしねえ No No
愛に終わりはあるけれど
責め苦はいつもエンドレス Yeah
日本に元気を届けたい
世界に誇ろう日本の地獄

Check it out! Gカード!
Watch out! ニセ鬼!
地獄のSaturday Night Fever

このとき彼はわたしに語りかけました。「鬼たちはこのような愉快な寸劇を罪人たちの前で上演することで、詐欺被害防止活動に努めているのだ」

しかし、わたしはといえば、この猿芝居にあきれ果てると同時にすっかり辟易していたのでした!

2011年7月2日土曜日

抗議文(2)

すっかり混乱しているわたしに彼の声が響きました。

「生者どもが手当り次第に自分の迫害者を鬼と呼ぶ流儀についても鬼はかねてから腹に据えかねていたのだ。なにしろ、鬼を名乗れるのは鬼として正式に認定された者だけなのだからな。罪人取扱許可資格および一級責苦技術認定を取得した者のみが、地獄公認鬼として鬼と呼ばれることが許されるのだ。それゆえ、公認を受けずして鬼を名乗る者がいるとすれば、それは、間違いか、とんでもない詐称かのどちらかであり、悪質な場合には厳しく処罰されることになっている」

「そのような公認制度があるということは、鬼を詐称するものがいるということでしょうか?」

「そのとおり。次のようなニセ鬼によるトラブルが多発しており、鬼たちはかねてから憂慮しているのだ。詳しいことを知りたければ、これにざっと目を通すがよい」

といって彼がわたしに渡してくれたのは、『安心して責め苦を受けられるために〜地獄トラブルの実例と対策』と題されたパンフレットでした。その中には次のような事例が掲載されていました。

【ニセ鬼の手口1】
三途の川の到着出口のところで、ニセ鬼が「地獄で責め苦を担当する鬼だ」と正規の鬼のフリをしてだまし、強引に乗せた白タクで罪人を連れ回し、法外な料金を請求する。

《対策》
鬼だと名乗る存在から声をかけられたら、必ず地獄公認の鬼だけが所持している「地獄公認鬼免許証(Gカード)」の提示を求めましょう。

【ニセ鬼の手口2】
地獄を歩いていると鬼を自称する存在に声をかけられ、「今夜はどこそこで特別な責め苦が開催されるから、一緒に見に行こう」と誘われるままについていくと、土産物屋に連れて行かれ、高額な絨毯や壺をムリヤリ買わされる。

《対策》
「アヤしい?」と思ったら、まずGカードの提示を求めましょう。また、地獄での買い物の際は、安心価格と信頼の「鬼オススメ!」ステッカーの貼ってある、鬼推奨店を利用しましょう。

【ニセ鬼の手口3】
「鬼ならば、相場よりかなり安い価格で金棒が買える。わたしがいい店を紹介するから、わたしの名前で大量に金棒を買ってみないか。現世に持って帰って売れば、大金が儲かるぞ」などと、アヤしい取引を持ちかけてくる。うっかり口車に乗せられてクレジットカードで大金を支払ったら後の祭り。手元に残されるのは二束三文にもならないクズの金棒。

《対策》
いの一番にGカードの確認をしましょう。一本一本職人が手作りする鬼の金棒の購入は、専門の鑑定士のいるショップで。

2011年7月1日金曜日

抗議文(1)

その次に彼がわたしを連れてきたのは、地獄の洞穴の中の広大な広間でした。その中央には血糊にまみれた巨大なテーブルが据えられており、それを囲んで見るも恐ろしい風体の鬼たちが喧々囂々と議論しているのでした。

その様子はいかにと申しますと、ひとりの鬼が「ぎゅべどすとかぶる」といえば、もうひとりが「ぶがれていぇうえう」と喚いてテーブルを叩くといった具合で、鬼語を解さないわたしには鬼たちが何を論じているのか皆目見当がつきかねるのでした。

とはいえ、鬼たちがホワイトボードに鬼の文字で何かを書き付け、それを読み上げては訂正すると言った作業を繰り返している、つまり何らかの文章を推敲しているのは容易に見て取れました。

やがて、ついにその文章が完成したようでした。ひとりの鬼が巨大な硯で人間数人を擂りつぶすと、別の鬼がその血の墨に筆を浸けながら、人間の皮をなめして作ったおしゃれな便箋に丁寧に清書しました。文書が封筒に収められると、鬼たちは、一仕事終えた喜びからでしょうか、奇声を上げながら手を打ち鳴らすのでした。

「この性悪な鬼たちはいったい何をしているのでしょうか?」と尋ねると、彼は次のように答えました。

「これらの鬼たちは抗議文を作成していたのだ」

わたしは仰天して叫びました。「抗議文? いったい鬼が抗議文に何の用があるのでしょうか?」

これに対する彼の答えはまことに奇想天外といってよいものでした。

「これらの鬼たちは、大災害や戦争が起こるたびに生者どもが『まるで地獄のよう』とか『あたかも地獄のごとし』、『生き地獄に等しい』などと表現するのに憤慨しているのだ。なぜというに、鬼たちの見解によれば、鬼のいない地獄などありえないのだから。ゆえに、鬼たちは自分たちの尊厳と権利を守るために、鬼がいないのにあえて地獄などと呼ぶのは鬼という職業を軽視したはなはだしい侮蔑であると、生者どもに対して厳重に抗議すべきだと決意したのだ」

「としますと、あそこに集っている鬼たちは、ちょうど鬼の業界団体のようなものなのでしょうか」

「まさしくそうだ」

「鬼たちが自分たちを守ろうとするのはわかります。ですが、生者たちにもそれなりのわけがあるのです。多くの貴重な命が一瞬にしてむごたらしく失われるさまを目にしたら、誰しもこれは地獄だと言わずにおられないのでございます。それに、まったく鬼がいないわけでもないのです。この世を『生き地獄』と語る人々にとって、そのような苦しみを与える人々そのものがあたかも鬼であるかのようなのです」

「ああ!」と彼は憤然として言いました。「それ! それ! それ! 鬼はそれを我慢できないのだ!」

彼の言葉の意味をはかりかね、わたしはただただ唖然とするばかりでした。