黒い岩山からは煮えたぎる溶岩の川が見えました。わたしは川の中で一艘の舟が灼熱の荒波に翻弄されているのに気がつきました。その舟はといえば燃え盛る炎に今にも飲み込まれそうです。
舟の中では、恰幅のよい男たちがなす術もなく火炎に焼かれているのでした。彼らは、あまりの暑さにしきりにのどの渇きを訴え、足下に転がる無数のはっさくに齧りついていました。しかし、それらの果物はすべて熱のためドライフルーツと化し、一滴だって果汁を搾ることもできないのでした。
彼らの絶望によって発せられた絶叫にわたしが耳を思わず塞ぐと、彼はいいました。「この男たちは、もともと政治家で、いい年をして坂本龍馬へのあこがれを表明するなどして、安易で見え透いたイメージアップを図ったがために、このような苦しみにあうこととなったのだ」
あらゆる罪を見逃さない地獄の緻密さにわたしは感嘆して叫びました。「おお、いかに超辛口純米酒《船中八策(日本酒度+8.0)》がよい酒だとしても、これらの罪人たちの渇きはとうてい癒せはしないでしょう!」
2010年5月29日土曜日
老眼
人生経験を深め、人間性に対する洞察力を身につけた者は、卑近にとらわれずに崇高を見上げ、些末にこだわらずに大局を見定めるようになる。これを称して慧眼と呼ぶ。わたしは日々の切磋琢磨の甲斐あってか、若輩者ながらついにこの慧眼を備えるに至った。とはいえ、夜の星を夢中になって観察して足下の穴に堕ちた哲学者タレスの例もある。英知に満ちた眼差しだけでは日常生活上思わぬ災難に出くわしかねないのだ。そこで、ちょうど近目の人が使用するような道具、いわゆる眼鏡が必要になるわけだが、近視用のこれがバカ高いのに引き換え、慧眼用の眼鏡はビックリするほど安価なのだ。高くて千円、探せば百円ショップでも 売っている。「慧眼の士でよかった!」と思える瞬間である。
ヘッドフォン
次にわたしは、両耳にヘッドフォンをして音楽を聴いている一群の人々に出会いました。だが、やがてわたしが気がついたのは、ヘッドフォンと見えたものがそのじつ棘だらけの甲虫であり、これらの人々がその醜い虫に耳を齧られているのだということなのでした。彼らは耳から血を流しながら、苦悶のリズムを口ずさんでいました。恐れおののくわたしに向かって彼はこのようにいうのでした。
「これらの者どもは生前、電車の中で大きな音量で音楽を聴き、ヘッドフォンから漏れる音で周囲の人々に不快な思いをさせていたのだ」
「地獄でこんな目にあうくらいならば」とわたしは思わず叫びました。「5万円のインナーイヤー型ヘッドフォンも安いものだ! しかも、ポイントカードなら15%もポイントが還元されるときている。買わない手はあろうか!」
「これらの者どもは生前、電車の中で大きな音量で音楽を聴き、ヘッドフォンから漏れる音で周囲の人々に不快な思いをさせていたのだ」
「地獄でこんな目にあうくらいならば」とわたしは思わず叫びました。「5万円のインナーイヤー型ヘッドフォンも安いものだ! しかも、ポイントカードなら15%もポイントが還元されるときている。買わない手はあろうか!」
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