2011年7月29日金曜日

遺書教室(5)

1時間後、わたしたちは再び教室にいた。

汗まみれの四反田は、腹を突き出して椅子の背にもたれかかっている。呼吸も苦しそうだ。替え玉を5回もすれば当然だ。

わたしは遺書の最初の一文を仕上げ、読み上げる。

「『父上様母上様 新宿宮本屋の元祖とんとこラーメン金玉のせ(ネギ、高菜トッピング)美味しうございました。』」

「麺!」と注意が入る。忘れてた。

「『父上様母上様 新宿宮本屋の元祖とんとこラーメン金玉のせ(ネギ、高菜トッピング、麺バリカタ)美味しうございました。』」

「いい、いい、いいですよ! じゃあ次に行きましょう。『干し柿 もちも美味しうございました。』の「干し柿」の部分です。ここもあなたが本当に美味しいと思ったものを書くんです」

わたしはしばらく考えた末に言った。「簾山の舞茸」

講師が息を呑むのが聞こえた。「あの・・・・・・幻の!」

「確かに父はそう言ってました」

「野生の舞茸自体、滅多に見かけるものではないが、簾山の舞茸ときたら、それどころでない!」 四反田はメモを取り出した。

「わたしの記録を見ましょう。その風味たるや、ひとたび口に含むやたちまちにして幽玄の境地に達し、あたかも天地の精を飲み込むがごとし、まさに空前絶後の食材というべし、と。しかも、心身を浄め、長寿の効あり、とも。オススメの食べ方は、炭火焼きかグラタンで。おっなんと、バブル絶頂期に銀座の高級料亭で音楽プロデューサーがひとかけら食したという記録があるきりだ。しかも高級外車ほどの値段で!」

「本当に美味しいキノコでしたが、それほど高いものとは! なにしろ、父の実家が簾山の麓にあり、いくらでも採れる場所を昔から知っているのです。もっとも、その場所は父とわたしだけの秘密なのですが」

わたしが話し終える前に四反田は立ち上がっていた。「ああ! そんな大それた秘密をあの世に持っていこうとは、あなたもまったく食えない人だ! さあ、ぐずぐずしている暇はない、行きましょう! 遺書のためには、とことんやる、これがわたしのモットーなんです!」 

そして、その数時間後、わたしたちは簾山山中で遭難しかけていたのである。

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